本文
崇峻天皇御書 建治三年九月 五十六歳御作 与四条金吾
白小袖一領・銭一ゆひ・又富木殿の御文のみ・なによりも・かきなしなまひじきひるひじき・やうやうの物うけ取りしなじな御使にたび候いぬ
現代語訳
白小袖一枚、銭一結、また富木殿のお手紙にある果物、なによりも柿と梨、また生ひじき、干ひじき等の様々の物を受け取り、品々をお遣いの方から頂戴しました。
講義
「誠意」が、「誠実」が逆境を越えるバネに
「大難が雨のように降りそそいでくる」御書にこう表現されているように、当時の四条金吾は、まさしく苦境の真っただ中にありました。本抄を頂く3年前に、金吾は主君である江間氏を折伏しました。それをきっかけとして、主君が金吾を遠ざけるようになります。以来、同僚たちから讒言や悪口が相次ぎ、命まで狙われるような状況となります。そして、領地替えの内命が下るなど家臣として不遇が続きましたが、金吾は師匠のこまやかな指導を守り、粘り強く信心を貫いていました。
ところが、建治3年(1277)6月、桑ヶ谷問答を引き金にして、金吾は冤罪によって所領没収の危機に至ります。主君から“法華経を捨てよ、さもないと所領を没収する”と迫られたのです。
しかし、金吾は迷うことなく信心を選び取ります。すかさず、その決意を認めた誓状を、師匠と仰ぐ大聖人に送りました。大聖人からも電光石火の如き速さで返信が届きます。その中で、あの有名な「一生はゆめの上・明日をごせず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず」(1163:四条金吾殿御返事:15)との指導を頂くのです。
とともに、大聖人が一貫して四条金吾に強調された御指導は、「へつらってはいけない」という内容でした。「へつらい」は自分の誇り高き魂の破壊に通じます。まして、臆病になって、魔性にへつらうならば、自分の仏性の湧現を閉ざしてしまいます。
人間を不幸にする魔の働きに対しては、毅然と立ち向かう、堂々たる人間王者の振る舞の前には、魔性は必ず退きます。それは師子王の前に野干は逃げ去り、太陽の光の前に必ず闇は滅するのと同じです。
少しもへつらうおとなく、威風堂々と生きよ!ここに人間の尊厳の輝きがあることを大聖人は、繰り返し門下に教えられているのです。
そして、四条金吾の偉さは、常に師匠を求め、師匠の教えのままに真っ直ぐ進んだ点にありました。「師弟不二」の心で戦ったゆえに、四条金吾は大勝利したのです。「師弟」こそ、広布と人生の勝利の原動力にほかなりません。また、この原理は、永遠に変わらざる仏法の方程式なのです。
四条金吾が、御指導の通り“法華経に傷をつけてはならない”との深い決意で「師弟の道」を歩み出したその時、事態は大きく変化します。主君・江間氏が重い病気にかかり、医術の心得のあった金吾はその看護・治療に当たったのです。まさに、再び主君からの信頼を取り戻す大きなチャンスが訪れたのでした。所領没収の危機からわずか数ヵ月後のことです。
しかし主君との関係における事態の好転の転機が訪れたとしても、本当の勝負はこれからです。加えて四条金吾を取り巻く環境の厳しさは変わらず続き、直ちに解決したわけではありません。同僚たちとの不和。また、兄弟間の仲違い。さらには、背後に極楽寺良観らの陰謀も打ち続きました。
いずれにしても事態が大きく動き、好転の兆しがあらわれた時だからこそ、油断は大敵である。慎重に、かつ丁寧に解決に向かって前進していかなければならない。これまで以上に、周囲に気を配り、一人の人間としての賢き「振る舞い」によって勝利を決していくことだ。このように本抄は、事態をどう捉え、どう立ち向かうべきかを、一人の愛弟子に、こと細かく、具体的に手ほどきしてくださった御書と拝されます。
お手紙の冒頭では、供養の御礼が綴られています。この文面から、大聖人宛に、四条金吾が真心の様々な御供養、さらには、同志から預かった書簡を送られたことがわかります。山深い身延で、これから冬を迎えられる大聖人の身を案じて、あれやこれやと御供養の品々が増えていったのかもしれません。大聖人は、間違いなく届きましたよと御礼を綴られる中で、「なによりも」とか「やうやうの物」と記され、その真心に感謝せています。こうした一つ一つの表現からも、大聖人と金吾の師弟の心の交流が伝わってきます。
そして本抄は、四条金吾の近況報告を受けて、様々な観点から、これからの生き方を細々と指導されていきます。
その中で大聖人は「主君からあなたのことを頼りにされているのは、法華経の加護ではありませんか」と金吾の信仰の勝利を讃えられています。と同時に、金吾が周囲から一層妬まれ、身の危険にさらされることを心配され、心を引き締め、身を慎むよう、また、軽率な行動を取らないよう戒められています。
本抄には、幾多の同志が支えとしてきた御金言が随所に光っております。
「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」(1173:15)
「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(1174:14)
「賢きを人と云いはかなきを畜といふ」(1174:15)
いずれも、苦難と戦う四条金吾に、逆境を打開する鍵は、どこまでも賢明な行動と人間性にあることを示されています。金吾だけに限りません。私たちにとっても、自分の振る舞いそのものが、信心の証しであり、また仏法勝負の結論となるのです。
本抄の一節一節には、なによりも、門下を全魂で励ます日蓮大聖人御自身の深き慈愛が込められています。人間を育てる、人材をつくる。仏法者として、これ以上の「人の振る舞い」はありません。
創立の父・牧口常三郎先生が、ある青年教育者を激励されたことがあります。その人は、地方の出身で、自分の「なまり」が気になって人前で自分の意見を発表することをためらっていたのです。牧口先生は、こう語られました。
「発音が悪く、なまりがあっても自分らしく精一杯やることが大事です。人はみな、素晴らしい可能性が備わっている。進んで発表する。それが『利』なのだ。それを発表することが、他の先生方にとっても『利』になり、児童の成長に役立って『善』の行動になっていくのですよ。利・善の価値創造を心がけることが創価教育なんだよ」
「自分らしく精一杯に行っていく」この人間主義の原理は、そのまま仏法の人間主義の原理と一致します。仏法者の「人の振る舞い」の中に、最高の価値創造があるからです。
人間性の開花こそ、仏法の本領です。人格と人間性の絶えざる向上 すなわち「人間革命」こそが、大聖人の四条金吾に打ち込まれた仏法の正道である、と私は拝察してきました。