上野殿御返事(梵帝御計らいの事)2012:09月号大白蓮華より 先生の講義

上野殿御返事(梵帝御計らいの事)2012:09月号大白蓮華より 先生の講義

青年が歴史を変える。本物を育てよ!

私の心は、いつも「青年」でいっぱいです。

奮闘している青年の様子を聞くと、私は、居ても立ってもいられなくなる。
 何かしてあげたい。何でもしてあげたい。
 初代会長牧口先生も、青年を誰よりも愛し、大事にされた方でした。
 戦時中の勤労動員で、多数の青年が集まる工場が多摩地区にありました。そこで懸命に働きながら仏法を求め、弘教に励むメンバーのもとへ、牧口先生は何度も訪れ、激励された。そして、官憲の厳しい監視下にあって、職場の食堂で、日蓮大聖人の仏法の正義を訴える講演を度々されたのです。
 それは70年前の昭和17年(1942)牧口先生、戸田先生が、軍部権力により投獄される前年のことでした。
 また東京で入会したある師弟のため、両親を折伏しに、牧口先生お一人で何時間もかけて、福島の地を訪れたのも、同じ年でした。
 どこまでも青年のために!この牧口先生の心を、誰よりも深く、御存知であったのが戸田先生です。
 第1回男子青年部総会で、広宣流布の意気に燃える青年の姿を、それはそれは嬉しそうに、ご覧になっていた。
 「恩師・牧口先生が、この場にいたら、どんなに喜んだことだろうか。先生にひと目、このようすをお見せしたかった。ほんとうに私は泣けます」

戸田先生「諸君は世界的指導者」

そして、こう強く宣言された。
 「釈迦が永遠の生命を感得し、バラモンの教義を破って、仏法を建立したとき、その闘争に参加したのも、みな青年である。
 青年の意気と力とは、実に世界の歴史を変えていくのです」
 「根本の哲学は、生命哲学である」「我々の哲学は…世界のいっさいの科学を指導する、最高の哲学である。諸君は、世界的指導者なのです」と。
 世界第一の妙法を持つ青年は、新時代を開く、世界第一級の指導者なり!
 ここに、わが創価学会の大確信があります。「持たるる法だに第一ならば持つ人随つて第一なるべし」(持妙法華問答抄:0465:18)と仰せの通りです。
 今回は、青年門下・南条時光に与えられた「上野殿御返事」を拝読します。
 大聖人は、一人の青年をどのように励まし、育てられてきたのか。「青年学会」の魂となる人材育成の戦いを学んでいきましょう。

本文

  五月十四日にいものかしら一駄・わざとおくりたびて候、当時のいもは人のいとまと申し珠のごとし・くすりのごとし、さてはおほせつかはされて候事うけ給わり候いぬ。

現代語訳


 五月十四日に里芋を一駄わざわざ送っていただいた。今時分の芋は忙しいときでもあり、貴重であること宝珠のようであり、薬のようである。さて、仰せつかわされたこと承知した。

講義

時光を父親のように励ます

物資の乏しい身延で過ごされている大聖人の元へ、南条家から届いた御供養の品、そこに込められた真心に、心からの感謝を述べられています。「いものかしら」とは、里芋の株の中心にある親芋のことです。旧暦の5月です。米の乏しい時期ゆえに師匠へお届けしたものと考えられます。
 また、南条家は当時、地元の富士浅間神社の修復作業に、人手や寄付など、かなりの負担が課せられていたようです。余裕のないなかで命をつなぐ糧として届けられたであろうことを思い遣られて、芋の一つ一つを、大聖人は「珠のようだ」「薬のようだ」と、感謝されています。
 本抄をいただいた建治3年(1277)時光は数えで19歳、一家の地域を支える柱として、広布のリーダーとして、いよいよ本格的に活躍しゆく年齢を迎えていました。大聖人は、父親代わりのように、育み、励まされていきます。
 しかも建治年間は、「立正安国論」の予言が的中し、日蓮大聖人の一門は大きく発展していました。と同時に、これをこころ快く思わない諸宗の高僧や、幕府要人が謀略を企て、一門の迫害が、いや増して激しくなります。池上兄弟の兄の勘当や四条金吾への主君への圧力は、こうしたなかで起こったものでした。
 そして、日興上人を中心として弘教が進んだ駿河の地でも、後に熱原の法難へと発展する迫害が惹起しています。青年門下・南条時光にも、信心を妨げようとする障魔が、執拗につきまとっていた。本抄は、そうした状況の報告を受けて、「信心で勝つ」ための要諦が示されたお手紙と拝されます。

本文

  びんばさら王と申せし王は賢王なる上・仏の御だんなの中に閻浮第一なり、しかもこの王は摩竭提国の王なり、仏は又此の国にして法華経を・とかんとおぼししに・王と仏と一同なれば一定法華経とかれなんとみへて候しに、提婆達多と申せし人・いかんがして此の事をやぶらんと・おもひしに・すべて・たよりなかりしかば・とかうはかりしほどに・頻婆沙羅王の太子阿闍世王をとしごろとかくかたらひて・やうやく心をとり・をやと子とのなかを申したがへて・阿闍世王をすかし父の頻婆沙羅王をころさせ・阿闍世王と心を一にし提婆と阿闍世王と一味となりしかば・五天竺の外道・悪人・雲かすみのごとくあつまり・国をたび・たからをほどこし・心をやわらげすかししかば・一国の王すでに仏の大怨敵となる、欲界・第六天の魔王・無量の眷属を具足してうち下り、摩竭提国の提婆・阿闍世・六大臣等の身に入りかはりしかば・形は人なれども力は第六天の力なり、大風の草木をなびかすよりも・大風の大海の波をたつるよりも・大地震の大地をうごかすよりも・大火の連宅をやくよりも・さはがしくをぢわななきし事なり。

現代語訳


 頻婆沙羅王という王は賢王であるうえ、釈尊の信者の中では世界第一であった。しかも、この王は摩竭提国の王であった。
仏はまたこの国において法華経を説こうと思われたときに、王と仏との思いが一致していたので必ず法華経がとかれるであろうと思われた。ところが、提婆達多という人は、何とかしてこの事をだめにしようと企てたが、すべてうまくいかなかったので、あれこれと画策した。そうして頻婆沙羅王の太子である阿闍世王を数年の間さまざまに説得して、しだいに心を把み、親と子との仲を違えさせ、阿闍世王をだまして父の頻婆沙羅王を殺させた。提婆達多が阿闍世王と心を一つにし一味となると、全インドの外道や悪人が雲霞のように集まり、それらに国を与え財を施し、心を和らげ機嫌をとったので、一国の王はすっかり仏の大怨敵となってしまった。欲界の第六天の魔王が量り知れないほどの眷属を引き連れて打ち下り、摩竭提国の提婆達多や阿闍世王や六大臣等の身に入り替わったので、形は人間であっても力は第六天の魔王の力であった。大風が草木をなびかすよりも、大風が大海の波を立てるよりも、大地震の大地を動かすよりも、大火が連なる家々を焼くよりも、人々はさわがしく畏れおののいたのである。

講義

悪僧と悪王が仏の大怨敵に

時光の信心を妨げようとする魔の働きは、身近なところから起こってきたようです。大聖人は、青年門下に、仏法は「仏と魔との戦い」であること、魔は人々の分断を企むことを教えられていきます。魔は、魔と見破れば、力を発揮できなくなる。戸田先生は「いかなる大難に遭うとも『これが魔だ!』と見破れば後は勇気百倍して乗り切れるのである」と教えてくださいました。魔に打ち勝つには、まず、その本性を見抜くことです。
 大聖人は、いかに悪人が人々の心をたぶらかし、賢人であっても防ぐことが難しいかを中国の尹吉甫の故事を通して述べられ、次いで、正法の実践を魔が妨げる例として、釈尊在世の大難が挙げられます。
 すなわち、釈尊が受けた大難は、法華経を説かせまいとして、提婆達多が画策したものであると、次のように示されています。
 マカダ国の頻婆沙羅王が、仏法を保護したため、提婆達多の画策は、最初はうまくいかない。そこで提婆達多が目を付けたのが、太子である阿闍世王であった。数年がかりで阿闍世王をだまして、ついには父の頻婆沙羅王を殺させた。阿闍世王と提婆達多が結託して国を支配するようになると、全インドから悪人たちが、雲が涌くように集まってきた。そして、彼らを養うなどして、一国の王はすっかり、仏の大怨敵となってしまった。
 このことを大聖人は、第六天の魔王が、提婆達多や阿闍世王や、6人の大臣らの身に入り変ったのであると仰せです。「形は人なれども力は第六天の力なり」、法華経勧持品に説かれる「悪鬼入其身」の姿そのものです。
 この「第六天の力」が、国土や民衆に及ぼす影響は甚大であり、暴風などに襲われたよりも騒々しく、国中が恐れおののく、釈尊および弟子、一族への迫害が、やりたい放題に行われ、あまりのひどさに、人々は「仏の御力であっても、悪人にはかなわない」とまで思ってしまった。提婆達多が蓮華比丘尼を殺し、仏の身を傷つけて血を出させても、仏の味方になる人は誰もいなかった。
 こうした内容を通して、本抄では、魔は人々を分断して、立ち上がる心を奪おうとすると教えられています。魔は正義の人を嫉み、迫害されている姿を喜びとする。その結果、多くの人々の心が破壊されてしまうのです。

法華経は滅後の大難を予言

しかし、釈尊はついに法華経を説きます。仏の民衆救済の願いは、いかなる魔王の働きにも奪われることはないからです。仏とは、魔との戦い、勝利する人の異名です。
 そして、この法華経において、釈尊は「猶多怨嫉・況滅度後」の原理を示します。仏滅後の悪世に法華経の敵が寄せる難は、釈尊の時代の比ではない。この一節は「況滅度後」の大難の中で、末法の民衆のために立ち上がる「本物の人」へ呼びかけている経文です。
 このことを受けて大聖人は、法華経が説かれて現在まで「いまだ法華経を仏のごとく・よみたる人は候はぬか」と仰せられます。天台大師・伝教大師でさえも、釈尊ほどの大難を受けてはいない。国主が敵となり、万民が剣を握り、一国中で悪口を吐くような難はなかったと仰せです。
 第六天の魔王とは、元品の無明という、生命に本然的に具わる根本の迷いの働きです。これを打ち破らない限り、本当の勝利はありません。「元品の無明を対治する利剣は信の一字なり」(御義口伝:0751:15)と仰せの通り、打ち勝つ力は「信心」しかない。仏法はどこまでも、仏と魔との戦いです。だからこそ常に信心を強め、仏の生命を躍動させていくしかありません。
 「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(聖人御難事:1190:11)との御指導は、永遠の指針です。
 門下全体に障魔が競っている時だからこそ、大聖人は、この「戦いを続ける心」「魔に打ち勝つ信心」を、何としても時光に教えようとされたとも拝されます。逆境を跳ね返す強さをもって「本物の信仰者」育ってほしいとの心情が、本抄全編から伝わってきます。

本文

  虎うそぶけば大風ふく・竜ぎんずれば雲をこる・野兎のうそぶき驢馬のいはうるに・風ふかず雲をこる事なし、愚者が法華経をよみ賢者が義を談ずる時は国もさわかず事もをこらず、聖人出現して仏のごとく法華経を談ぜん時・一国もさわぎ在世にすぎたる大難をこるべしとみえて候、今日蓮は賢人にもあらず・まして聖人は・おもひもよらず天下第一の僻人にて候が・但経文計りにはあひて候やうなれば大難来り候へば父母のいきかへらせ給いて候よりもにくきもののことにあふよりも・うれしく候なり、愚者にて而も仏に聖人とおもはれまいらせて候はん事こそ・うれしき事にて候へ、

現代語訳


 虎がほえれば大風が吹く。竜が鳴けば雲が起こる。野兎がほえ、驢馬がいなないても、風も吹かず、雲が起こることもない。愚者が法華経を読み、賢者がその義を説く時は国も騒がず、何事も起らない。聖人が出現して仏のように法華経を説くときは一国も騒ぎ釈尊在世に越えた大難が起こるであろうと記されている。今、日蓮は賢人でもなく、まして聖人は思いもよらない。天下第一のひねくれ者ではあるが、ただ経文にだけは符合しているようなので大難が起こって来たのであるから、父母が生き返られたよりも、憎い者が事故にあったよりも嬉しいことである。愚者でありながら、しかも仏に聖人と思われることこそ嬉しいことである。

講義

大難を「うれしく候なり」

真正の「法華経の行者」として生き抜く、真正の「人生の喜び」を教えられています。
 虎や竜が動けば、大風が吹き、雲が動きます。しかし、野兎や驢馬が叫んでも、風も雲も変化はありません。大聖人は、たとえ法華経であっても、愚者・賢者が読んだ時は一国に変化はないが、聖人が読んだ時は、一国に騒ぎが生じ、大難が起こると言われています。
 ここで大事なことは、単に世間的な評価によって「愚者」か「聖人」かを立て分けられているのではないということです。大聖人は、当時の世間からは「僻人」と見られている。
 しかし、経文通りに戦い、経文通りに大難を受けられた。それこそが、仏から「聖人」とみられるにふさわしいことである、と仰せです。反対に、世間から尊敬を集めている「智者」のような存在であっても、仏から「提婆のようだ」と思われたら、後生はおそろしいと仰せです。これは極楽寺良観らが法華経の行者の敵となり、民衆を苦しめている姿を示された御文です。
 要するに、仏から見た基準は「仏のごとく法華経を談ぜん」「経文計にてはあひて候」と仰せられているように、どこまでも、如説修行。仏の説いた経文の通りの実践があるかどうか、なのです。
 そして、大聖人は経文を身読し、大難にあったことを「うれしく候なり」と仰せです。
 経文身読の喜び、それは、万人成仏の願いを、この現実世界に実現する闘争に生きる喜びです。「仏のごとく」、すなわち、仏の使いとして同じ戦いをする喜びにほかなりません。一人の人間として最高の仏法を行じ、自分に縁した人の仏の生命を開いていく。これに勝る人生の喜びはないでしょうか。
 私たちで言えば、広宣流布の「拡大」の喜びです。「対話」の力で、自他共の幸福を開き、地涌の使命を果たしゆく以上の生命の大歓喜はありません。
 大聖人は、この妙法弘通の喜びを、御自身の法戦を通して、青年・時光に教えられたのです。他の御抄でも大聖人は仰せです。
 「かへす・がへす人のせいしあらば心にうれしくおぼすべし」(上野殿御返事:1512:06)くれぐれも申し上げるが、信心を妨げようとする人が制止してきたならば、これこそ内心では嬉しく思いなさい。
 「人もそしり候へ・ものともおもはぬ法師等なり」(上野殿御返事:1510:02)人が謗るであろうが、我ら日蓮一門は、それらを、ものとも思わぬ法師なのである。
 世間がどう思おうと、大切なのは自分です。全部、正法に照らした、自分自身の行動で決まるのです。青年の時代は、どうしても周囲の評価を気にしがちですが、大事なことは、自分自身がどう生きたかです。戸田先生はよく、「大聖人の御おぼえめでたあらんと願うべきである」といわれました。
 また、戸田先生は峻厳にして誇り高き創価の信心をつぎのように語られています。
 「『愚人にほめられたるは第一のはぢなり』(開目抄:0237:08)との御聖言は、真の仏法を広布せんことを念願する創価学会初代会長牧口常三郎先生が、常に座右の金言となされていた御心条であった。
 先生は文字のとおり、法華経のためならばいかなる非難・迫害も恥ではない。愚人にほめられることこそ第一の恥であり、反対にいえば、聖人にほめられたるこそ第一の栄光なりとのご信念にもとづいて、法華経の肝心の広布ゆえに牢獄の露と消えられたのである。日蓮大聖人の仏法を信ずる者は、これこそ第一の亀鑑であると信ずるものである。
 大聖人が時光に教えられた法華経の行者の誉れは、そのまま、学会の師弟を貫く“背骨”の大精神です、この誉れの実践を貫いたからこそ、学会はあらゆる戦いに勝利し、発展してきたのです。

本文

  さるにては殿は法華経の行者ににさせ給へりと・うけ給はれば・もつてのほかに・人のしたしきも・うときも日蓮房を信じては・よもまどいなん・上の御気色もあしかりなんと・かたうどなるやうにて御けうくむ候なれば・賢人までも人のたばかりは・おそろしき事なれば・一定法華経すて給いなん、

現代語訳


 ところで、殿が法華経の行者に似ていると伝え聞くと、思いのほか親しい人も疎遠な人も「日蓮房を信じては、さぞ苦労するであろう。主君のおぼえも悪かろう」と味方のようなふりをして教訓する。そうすると、賢人でさえも人の謀りごとは恐ろしいことなので、必ず法華経を捨てられるであろう。

本文

  ただをかせ給へ・梵天・帝釈等の御計として日本国・一時に信ずる事あるべし、爾時我も本より信じたり信じたりと申す人こそおほくをはせずらんめとおぼえ候、

現代語訳


 ただ放って置きなさい。梵天や帝釈のおはからいとして日本国の人々が一度に信ずることがあるであろう。その時、私も本から信じていた、という人が多くいるであろうと思われる。

講義

魔は巧みに退転へと仕向ける

ここからは、時光が置かれた状況に照らし、具体的な対処の仕方、注意点をアドバイスされています。
 南条家は、鎌倉幕府の御家人です。時光が幕府の迫害の中で大聖人の門下であり続けることは、どれほど大変なことであったか。親類縁者などから、たしなめられるようなこともあつたにちがいない。
 「日蓮を信用すると、さぞかし困ることになるだろう。主君のご機嫌も宣しくないであろう」と、味方のような顔をして忠告してくる。すると、賢人でさえも計略に乗せられてしまうのだから、若いあなたは、きっと法華経を捨てるようになる。こう警告されています。
 そして大聖人は、正法弘通を阻もうとする魔の働き、その構図を明らかにされます。
 「大魔のつきたる者どもは一人をけうくんしをとしつれば・それをひつかけにして多くの人をせめをとすなり」魔に付け入られた者たちは、一人を説き落して退転させ、それをとりかかりにして、多くの人を責め落とすのです。
 その例として大聖人は、少輔房・能登房・名越の尼を挙げられます。この人たちは、「欲が深く」「心が臆病で」「愚癡で」「自分は智者だと傲る」者たちであったと仰せです。魔に心を食い破られるのは、格好ばかりに、見せかけだけの信心の輩です。そうした者たちは、難を受けるとすぐに逃げ出し、今度は逃げた自分を正統化するために言葉巧みに他人を退転させるのです。
 大聖人は、そうした批判者の構図を示された後、時光にこう仰せになります。
 もし殿が、味方のふりをした忠告に説き落されるならば、駿河の国で少々信じている者も、また、これから信じようとする人たちも、皆、法華経を捨てるでしょう。と。
 大聖人が、若き時光に「あなたが駿河の国の広宣流布の希望です、あなたが倒れてはならないのです」と呼びかけられている。そのように拝されてなりません。
 「一人」を全力で激励する。その「一人」が「万人」に通じるのです。わが地域の「宝の青年」を揺るぎない「本物の一人」へと磨き育てる。その地道な連続闘争こそが、広宣流布の永遠の基盤となるのです。

広宣流布は必ず実現

大聖人は「ただをかせ給へ・梵天・帝釈等の御計として日本国・一時に信ずる事あるべし」と仰せです。
 「ただ、置いておきなさい」とは、いかに煩わしいことが続こうとも、紛動されて信心を見失ってはならないとの御指導です。
 そして大聖人は、日本国の広宣流布の時が必ず到来すると御断言されています。“梵天・帝釈の計らい”とありますが、「撰時抄」には諸天からの治罰があって、人々が正法に目覚めることが示されています。
 大聖人は「大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし」(大悪大善御書:1300:01)「大悪は大善の来るべき瑞相なり、一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ」(1467:05)と仰せです。
 最も闇が深い時にこそ、夜明けは近い。大悪は大善の瑞相であるゆえに、広宣流布は大きく開かれてゆく、その時に、「私ももともと信じていました」と言う人が多くでるだろうと予告されます。
 大聖人の願いは、この広宣流の大闘争に、大聖人と共に戦う門下を陸続と輩出することです。「本物の一人」からまた「本物の一人」へ。「二人・三人・百人」と。この戦う地涌の陣列が広がることが広宣流布です。「青年よ、この広宣流布の主体者たれ」のお心が伝わってくる御文です。
 私も戸田先生の心を受け継ぎ、この確信で進んでまいりました。宿命の嵐に力を失いそうな友、現実の困難に落胆した友の肩をたたいて必死に祈り、前へ前へ、希望へ希望へ、勇気へ勇気へと、道を開いてきました。
 山また山の連続です。平坦な道のりなど一つもなかった。この原理は、これからも変りません。広宣流布は、全人類のための未聞の大事業です。大変だからこそ、功徳も絶大なのです。困難だからこそ、一人立ち上がる「青年」が必要なのです。
 大聖人の時光への呼びかけは、わが創価の青年の渾身のエネルギーです。

本文

  千丁・万丁しる人もわづかの事にたちまちに命をすて所領をめさるる人もあり、今度法華経のために命をすつる事ならば・なにはをしかるべき、薬王菩薩は身を千二百歳が間・やきつくして仏になり給い・檀王は千歳が間・身をゆかとなして今の釈迦仏といはれさせ給うぞかし、されば・ひが事をすべきにはあらず、今はすてなば・かへりて人わらはれになるべし、かたうどなるやうにて・つくりおとして、我もわらひ人にもわらはせんとするがきくわいなるに・よくよくけうくんせさせて人のおほくきかんところにて・人をけうくんせんよりも我が身をけうくんあるべしとて・かつぱとたたせ給へ、

現代語訳


 千町・万町を治める人でも些細なことにたちまちに命を捨て、その所領を取り上げられてしまう人もいる。このたび、法華経のために命を捨てるということならば、何が惜しいことがあろうか。薬王菩薩は身体を千二百歳が間、焼き尽くして仏になられ、須頭檀王は千年の間、身を床として今の釈迦仏といわれるようになったのである。
 したがって、心得違いをなすべきではない。今、信心を捨てたならば、かえって人に笑われることになるであろう。
 味方のようなふりをして偽って退転させ、自分も嘲笑し人にもわらわせようとするけしからぬ者達に、よくよく教訓させておいて「人が多く聞いているところで人を教訓するよりも自分を教訓しなさい」といって勢いよく座を立たれるがよい。

講義

今こそ、まことの時


 障魔に打ち勝つための振る舞いについて、重ねてアドバイスされながら、どこまでも「信心」を貫くことが一切の肝要であるとご指導されています。
 広大な領地を治める人でも、些細なことで命を失い、所領を取り上げられることがある。それを思えば、今、法華経のために命を捨てることができる好機が到来するならば、何を惜しむことがあろう。
 薬王菩薩は千二百歳の間、肘を焼いて燈明として供養して仏になった。須頭壇王は千年の間、身を床とするなどして師に仕えた功徳で、釈迦仏となった。と。
 いずれも人々を救うことを目指し、仏となる求道の修行を貫き通したからこそ、大境涯を得ることができたと教えられています。
 さらに大聖人は、ゆえに心得違いをしてはならない。今、信心を捨てたならば、かえって人の、“笑いもの”となるであろう。味方のふりをして退転させようとする者たちは、殿を“笑いもの”にする輩だ。何か教訓してきたら、十分いわせておいて、「それより自分を教訓なさい」と言って、毅然と席を立たれるがよい。と仰せです。
 大聖人は、時光に対して一貫して「堂々と確信を述べよ」「覚悟を決めよ」「怖じ恐れるな」という姿勢を教えられえいます。
 「痛快に堂々と、邪悪な妄言を打ち破れ!」
 「今こそ、まことの時!誓いを果たせ!」
 このように大聖人は、青年門下の心意気を示してくださいました。まさしく「創価青年学会」の戦う魂そのものです。対話の核心は、勇気と勢いです。師子吼だけが、魔を打ち破れる。ゆえに青年は、強敵に立ち向かえ、困難に挑め、と示されているのです。強敵こそが、自分を強く鍛えてくれます。困難こそが、人間革命のチャンスなのです。

皆が人材!皆に使命が!

昭和32年(1957)7月。権力の魔性に対する民衆の闘争宣言を高らかに響かせた大阪大会、その翌月の本部幹部会で、戸田先生が最も強く訴えたことは何であったか。
 それは、この信心をして、幸せにならないわけは絶対にない。幹部の皆さんは、会員同志を懇切に指導し、「信心してよかった」という喜びを味わわせていただきたい、との一点でありました。
 このとき、東京23区に総ブロック制が敷かれ、私は葛飾区の総ブロック長の任命を受けて、奔走しました。そして9月以降、地域広布の新しいうねりが、全国へ広がっていったのです。今年は、それから55周年です。
 この先駆けとして「夏季ブロック指導」に汗を流した荒川でも、総ブロック長として走った葛飾でも、私が大事にしたのは、一人一人の同志の絆を結ぶ「家庭訪問」「個人指導」です。
 会合の開始前にも終了後にも、一軒また一軒と寸暇を惜しんで回りました。玄関先で失礼いた際には「また来させていただきます」と再会を約束しました。名前と住所を覚えながら出会いを重ね、葉書に励ましの気持ちを綴ってお送りしたこともあります。
 また、私も含め、同志が互いに知り合えるように、懇談会や質問会を重ねました。
 さらに、仕事が苦境にある男子部や、家庭の悩みを持つ壮年など、じっくりと話を聞いては共に祈り、全力で励ました。
 ともかく必死でした。真剣でした。
 「信心してよかった!」という喜びを、一人も残さず満喫してほしい。
 あなたには、あなたにしか果たせない使命がある。皆が人材、皆が宿縁深き同志なのだ!
 人材を「育てる」とは、「会う」ということです。草の根を分けるように、会いに行くことです。座談会をはじめ、家庭訪問・個人指導・質問会・懇談会、こうした地道な戦いが、一切の勝利の源泉です。
 水の流れるごとく、地道にやってきた土台があるから、学会は勝ってきました。この方程式は断じて変らない。いな永遠に変えてはならないと私は申し上げたい。
 地域広布は、その地域の人々に、生きる希望を広げゆく戦いです。妙法を持った同志は、わが地域の「幸福責任者」であり「先駆者」なのです。
 南条時光が、大聖人の渾身の激励によって、駿河国のリーダーとして成長していったように、青年を先頭に、地域広布の新時代を開いてまいりたい。
 青年に会おう!青年を全力で育てよう!
 そして青年が、わが地域の「幸福責任者」と立ち上がるのだ!

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