本文
かえすがえす御心への上なれども末代のありさまを仏の説かせ給いて候には濁世には聖人も居しがたし大火の中の石の如し、且くは・こらふるやうなれども終には・やけくだけて灰となる、賢人も五常は口に説きて身には振舞いがたしと見へて候ぞ、かうの座をば去れと申すぞかし、そこばくの人の殿を造り落さんとしつるにをとされずして・はやかちぬる身が穏便ならずして造り落されなば世間に申すこぎこひでの船こぼれ又食の後に湯の無きが如し
現代語訳
返す返すもこのような事は心得ておられる事ですが、末代の世情を仏は「濁悪の世には聖人あっても、世にあることは難しい。大火の中の石のようなものでしばらく堪えているようであるが、終には焼け砕けて、灰となってしまうのです。賢人も仁・義等の五常を口には説くが、それをわが身に実行することはむずかしい」と説かれています。世のことわざにも、「高い地位についたならば、長居をするな」といわれています。
たくさんの人々があなたを陥れようとしたのに陥れられず、もはや勝利を収めた身であるあなたが、もし短気をおこし穏やかでなくて、陥れられるようなことがあったならば、世間のいわれるところの精出して漕いできた船が、もう少しで岸につくところを覆るようなものです。また、食事の後に湯のないようなものであり、残念なことです。
講義
困難な現実を勝ち抜く仏法の賢人
大聖人は、四条金吾宛ての御書の中で、度々、「賢人」の生き方を例にして、四条金吾に、賢き人生を送るように御指導されています。目標や模範があると、人間の境涯は新たな可能性を開いて急速に向上するものです。
本抄では、その賢人ですら末代悪世に生きることは難しいことを示して、四条金吾が本当に深い決意で立ち上がっていけるように御指導されています。
大聖人は「一番の上席は去れ」との句も引かれています。
主君から病の治療を任されたからといって、絶対に調子に乗ってはならないとの厳しい戒めです。
四条金吾が主君との関係にあって、窮地を脱することができたのも、大聖人を仰せ通りに必死に戦い、強盛な信心で勝ち取った一つの実証にほかならない。しかし、勝った時に負ける因を作り、負けた時に勝つ因を作るのは、人生と社会の常です。「穏便ならずして造り落とさねば」。人間関係のうえで角を立て、事を荒だててしまう愚かさのために敵に陥れられてしまえば、これまでの勝利への流れを作りあげてきた努力が、全部、無駄になってしまう。「一生懸命に漕いできた船があと少しのところで浸水する」「食後に白湯がない」という譬えは、いずれも、最後の最後まで賢人の生き方を貫きなさいとの御指導です。信心を生涯貫き通すにあたって、重要な指針です。「戦い続ける」ことこそが、自分の総仕上げになります。途中で気を緩めてはならない。三世にわたる常楽我浄の境涯を勝ち取るためにこそ、生き生きと朗らかに快活に前進し抜いていくのです。
さて、金吾が「八風」に侵されずに、一切に勝利し、仏道修行を成就するために大聖人は、ここで再び、金吾の身の安全に関して細心の注意を続けられます。
「主君から部屋を頂いて、そこにいる間は何事も無いでしょうが、必ず敵は狙うでしょう。また、自分の家の妻戸の脇や持仏堂、家の中の板敷の下や天井裏などは、よくよく用心していきなさい」
「これからは、以前よりも彼らの謀略は巧みになるでしょう。なんといっても、鎌倉の荏柄の夜回りの人たちほど頼りになる人々はおりません。どんなに気に入らないことがあっても、仲良くまじわっていきなさい」
大聖人は、屋敷の出入りの時、自分の家の中にあっても、決して注意を怠ってはいけないと仰せです。敵が忍びやすい、板敷の下や天井裏まで、本当に細かい点まで想像されての御指導です。大聖人自身も、これまでの大難との闘争の中で、大小の襲撃を受けられたことがあります。それだけに、細心の注意がどれだけ大切かを身をもって経験なされていたと拝察されます。仏法は、どこまでいっても、現実生活で勝利するための秘法なのです。
大聖人は、四条金吾に常々、“くれぐれも用心するように”との指導を繰り返されています。
「かまへて・かまへて御用心候べし、いよいよ・にくむ人人ねらひ候らん」(1133:主君耳入此法門免与同罪事:14)
「又さきざき申すがごとく・さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし」(1169:四条金吾殿御返事:07)
「第一・心にふかき・えうじんあるべし」(1176:四条金吾御書:03)
そして、後日、金吾が実際に強敵と戦い、無事だったことがありました。その時に大聖人から勝利の因の一つとして「前前の用心といひ」(1192:四条金吾殿御返事:01)と前々から深く用心したおかげであったと指摘されています。一度だけの注意で事足れりとされていれば、四条金吾の勝利はなかったかもしれません。また、金吾が、師匠の御指導通りに実践していなければ、この時に命を奪われていた事態も否定できません。
続いて、ここでは「夜廻りの四人」について綴られています。夜廻り警備の役を持った人たちのようですが、この人たちの詳細は不詳です。ただ大聖人の仏法を貫いたために、屋敷を主君に取りあげられてしまったことがうかがえます。大聖人は、金吾に対して、この夜廻りの人たちと仲良くして金吾の屋敷に出入りしてもらえば、人目をはばかる敵は襲撃できないだろうとアドバイスされています。
ところが、同志でもあるこの夜廻りの四人と四条金吾とは、どうも、人間関係がうまくいっていないようでした。この点についてもまた大聖人は、粘り強く四条金吾に指導され続けます。師匠のお心は、どれほどありがたいものか。
本抄では、この四人に対する金吾の姿勢として、「どんなに気にいらないことがあっても、仲良く交わっていきなさい」と仰せです。
また、他の同志・兄弟に対して、金吾が取るべき態度について、諸御書では仰せです。
「過失があるにしても、少々の過失は見逃してあげなさい」
「この法門の人々とは、どのような不本意なことがあっても、見ず、聞かず、言わずで、仲良くしていきなさい」
これらは金吾一人に対する御指導と捉えるよりも、大聖人門下の永遠の指針です。“皆が仲良く”“同志を大切に”この原理は学会も同じです。同志の鉄の団結があればこそ、魔を打ち破ることができ、広宣流布を大きく進めることができるのです。魔は常に私たちの分断を図ります。いたずらに、いがみあってしまえば、「鷸蚌(いつぼう)の争い」となって、魔を利するだけです。
大聖人は、別の門下にはこう仰せです。
「法華経を持つ者は必ず皆仏なり」(1382:松野殿御返事:11)。したがって、同志を謗ることは仏を謗る罪を得ることになると示されています。
特にリーダーは、皆を包容する立場だからこそ、境涯を広げていかなければならない。今で言えば、「幹部革命」です。厳しいなかにも四条金吾は、大聖人の尊容を胸中に思い浮かべつつ、前進したことでしょう。