常忍抄

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常忍抄
 弘安元年(ʼ78)10月1日 57歳 富木常忍

背景と大意

本抄は、建治3年(1277年)10月、日蓮大聖人が身延において下総国の門下の中心的存在であった富木常忍に与えられたお手紙です。富木常忍が、地元の有力な天台僧である了性房との法論の様子を報告したことに対する御返事です。大聖人は御返事の中で、その問答で提起された論点について言及され、今後の指針となるようさらなる教示を与えられています。

法論において常忍は、相手が妙楽大師の『法華文句記』にある「爾前経では真の得脱は得られない」という趣旨の一節を知らなかったことを突き、優位に立ったことがうかがえます。この一節は、天台大師の『法華文句』の釈に対する妙楽の注釈であり、その『法華文句』自体も法華経「如来寿量品」の文を解説したものです。大聖人は本抄の前半でこれら3つの文をすべて引用し、その本質的な意味を明かされています。爾前の諸経はすべて法華経へと導くための方便にすぎず、それらの教えの功徳も寿量品の教えに依拠していると述べられています。

また大聖人は、教義の比較基準である「当分(その分、そのままの意で、ある範囲内で論じた場合)」と「跨節(節を跨ぐ意で、一重立ち入ってさらに深く高次元から論じること)」の法門を用いて論点を解説されています。この比較は3つの段階で行われます。第3の最終段階の視点から見れば、法華経の本門でさえも「当分」の教えとされ、寿量品の文底に秘沈された無上の法のみが「跨節」と見なされます。この第3の段階こそが、本抄の名称の由来となった「第三の法門」に該当します。第三の法門とは、末法において大聖人が初めて明かされた成仏の根本種子である無上の法、すなわち南無妙法蓮華経を指しています。

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