第二章(本門と諸経の益の勝劣を判ず)
本文
此の法門に於て如来滅後・月氏一千五百余年・付法蔵の二十四人・竜樹・天親等知つて未だ此れを顕さず、漢土一千余年の余人も未だ之を知らず但天台・妙楽等粗之を演ぶ、然りと雖も未だ其の実義を顕さざるか、伝教大師以て是くの如し、今日蓮粗之を勘うるに法華経の此の文を重ねて涅槃経に演べて云く「若し三法に於て異の想を修する者は当に知るべし是の輩は清浄の三帰則ち依処無く所有の禁戒皆具足せず終に声聞・縁覚・菩提の果を証することを得ず」等云云、此の経文は正しく法華経の寿量品を顕説せるなり寿量品は木に譬え爾前・迹門をば影に譬うる文なり、経文に又之有り、五時・八教・当分・跨節・大小の益は影の如し本門の法門は木の如し云云、又寿量品已前の在世の益は闇中の木の影なり過去に寿量品を聞きし者の事なり等云云、又不信は謗法に非ずと申す事、又云く不信の者地獄に堕ちずとの事、五の巻に云く「疑を生じて信ぜざらん者は則ち当に悪道に堕つべし」云云。
現代語訳
この法門については、釈尊滅後、インドにおいて千五百余年の間には付法蔵の24人、竜樹や天親等は知ってはいたが、いまだこれを説き顕していない。中国においては千余年の間、他の人はこれを知らず、ただ天台大師や妙楽大師等だけが概略これを述べたのである。しかしながら、いまだその真実の義を説き顕してはいないようである。伝教大師もまた同様である。今、日蓮があらあらこれを考えてみるに、法華経のこの寿量品の文を重ねて涅槃経に説いて「もし仏・法・僧の三法に対して異なる想いをいだく者は、まさに知るべきである。この輩は清浄な三宝に対する帰依、すなわち依りどころを失い、諸教の禁戒はみな具わらず、結局、声聞・縁覚・菩薩の果を証することもできないのである」等といっている。この経文はまさしく法華経の寿量品を説き顕しているのである。寿量品を樹木に譬え、爾前経や迹門を木の影に譬えている文である。経文にまた、これは説かれている。
五時八教・当分跨節・大乗小乗等の判別の利益というのは木の影のようなものであり、法華経本門の法門は木のようなものであるとか、また寿量品が説かれる以前の経による釈尊在世の得益は暗闇の中の木の影のようなものであり、それは過去世に寿量品を聞いたことのある者のことをいっているのである等と。
また了性房が「不信は謗法ではない」といったこと、また「不信の者であっても地獄に堕ちない」といったことについては、法華経の第五巻に「疑いを生じて信じない者は、必ず悪道に堕ちるであろう」とあるとおりである。
語釈
月氏
中国、日本で用いられたインドの呼び名。紀元前3世紀後半まで、敦煌と祁連山脈の間にいた月氏という民族が、前2世紀に匈奴に追われて中央アジアに逃げ、やがてインドの一部をも領土とした。この地を経てインドから仏教が中国へ伝播されてきたので、中国では月氏をインドそのものとみていた。玄奘の大唐西域記巻二によれば、インドという名称は「無明の長夜を照らす月のような存在という義によって月氏という」とある。ただし玄奘自身は音写して「印度」と呼んでいる。
付法蔵の二十四人
釈尊滅後の正法時代に、教法の付嘱をうけ、次の人に伝えた正法護持者24人。「大夫志殿御返事」には「所謂第一は大迦葉・第二は阿難・第三は未田地・第四は商那和修・第五は毱多・第六は提多迦・第七は弥遮迦・第八は仏駄難提・第九は仏駄密多・第十は脇比丘・第十一は富那奢・第十二は馬鳴・第十三は毘羅・第十四は竜樹・第十五は提婆・第十六は羅睺羅・第十七は僧佉難提・第十八は僧佉耶奢・第十九は鳩摩羅駄・第二十は闍夜那・第二十一は盤駄・第二十二は摩奴羅・第二十三は鶴勒夜奢・第二十四は師子尊者」(1079:07)とある。
竜樹
梵名ナーガールジュナ(Nāgārjuna)の漢訳。付法蔵の第十四。2世紀から3世紀にかけての、南インド出身の大乗論師。のちに出た天親菩薩と共に正法時代後半の正法護持者として名高い。はじめは小乗教を学んでいたが、ヒマラヤ地方で一老比丘より大乗経典を授けられ、以後、大乗仏法の宣揚に尽くした。著書に「十二門論」1巻、「十住毘婆沙論」17巻、「中観論」4巻等がある。
天親
天親菩薩ともいう。生没年不明。4、5世紀ごろのインドの学僧。梵語でヴァスバンドゥ(Vasubandhu)といい、世親とも訳す。大唐西域記巻五等によると、北インド・健駄羅国の出身。無著の弟。はじめ、阿踰闍国で説一切有部の小乗教を学び、大毘婆沙論を講説して倶舎論を著した。後、兄の無着に導かれて小乗教を捨て、大乗教を学んだ。そのとき小乗に固執した非を悔いて舌を切ろうとしたが、兄に舌をもって大乗を謗じたのであれば、以後舌をもって大乗を讃して罪をつぐなうようにと諭され、大いに大乗の論をつくり大乗教を宣揚した。著書に「倶舎論」三十巻、「十地経論」十二巻、「法華論」二巻、「摂大乗論釈」十五巻、「仏性論」六巻など多数あり、千部の論師といわれる。
漢土
漢民族の住む国土。唐土・もろこしともいう。現在の中国。
伝教大師
(0767~0822)。日本天台宗の開祖。諱は最澄。伝教大師は諡号。通称は根本大師・山家大師ともいう。俗名は三津首広野。父は三津首百枝。先祖は後漢の孝献帝の子孫、登萬貴で、応神天皇の時代に日本に帰化した。神護景雲元年(0767)近江(滋賀県)に生まれ、幼時より聡明で、12歳のとき近江国分寺の行表のもとに出家、延暦4年(0785)東大寺で具足戒を受けたが、まもなく比叡山に草庵を結んで諸経論を究めた。延暦23年(0804)、天台法華宗還学生として義真を連れて入唐し、道邃・行満等について天台の奥義を学び、翌年帰国して延暦25年(0806)日本天台宗を開いた。旧仏教界の反対のなかで、新たな大乗戒を設立する努力を続け、没後、大乗戒壇が建立されて実を結んだ。著書に「法華秀句」3巻、「顕戒論」3巻、「守護国界章」9巻、「山家学生式」等がある。
涅槃経
釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
三帰
仏法に帰依する最初の門で、仏・法・僧の三宝に帰すること。すなわち南無仏・南無法・南無僧のこと。
声聞
声聞界のこと。縁覚と合わせて二乗という。仏の教える声を聞いて悟る人をいい、小乗教の理想ではあるが、利己主義に陥るため、権大乗教では徹底的に弾呵され、煎る種のごとく、二度と成仏の芽を出すことがないと言われた。法華経にいたって、舎利弗・迦葉・迦旃延・富楼那等、声聞の十大弟子が得道する。そして歓喜した四大声聞の領解の文を開目抄には「我等今は真に是れ声聞なり仏道の声を以て一切をして聞かしむ我等今は真に 阿羅漢なり緒の世間・天人・魔・梵に於て普く其の中に於て・応に供養を受くべし」とあり、真の声聞とは、仏の弟子として、仏の教え、精神を民衆に聞かせ、後世に残していく人である。
縁覚
辟支仏のこと。独覚・因縁覚と訳す。「各自に覚った者」の意。仏の教導によらず、自らの力で理を覚る者のこと。十二因縁の理を観じて断惑証理し、飛花落葉等の外縁によって覚りを得るという。十法界明因果抄には「第八に縁覚道とは二有り一には部行独覚・仏前に在りて声聞の如く小乗の法を習い小乗の戒を持し見思を断じて永不成仏の者と成る、二には鱗喩独覚・無仏の世に在りて飛花落葉を見て苦・空・無常・無我の観を作し見思を断じて永不成仏の身と成る戒も亦声聞の如し此の声聞縁覚を二乗とは云うなり」(0433-07)とある。
菩薩
菩薩薩埵(bodhisattva)の音写。覚有情・道衆生・大心衆生などと訳す。仏道を求める衆生のことで、自ら仏果を得るためのみならず、他人を救済する志を立てて修行する者をいう。
爾前
爾前経のこと。爾の前の経の意で、法華経已前に説かれた諸経のこと。釈尊50年の説法中、前42年に説かれた諸経。
五時・八教
天台大師智顗が明かした教判を後代の天台宗が体系化したもの。法華経を中心に、諸経に説かれる教えを釈尊一代で説かれたものとして総合的に矛盾なく理解しようとした。五時とは、華厳時・阿含時・方等時・般若時・法華涅槃時の五つ。八教には、「化儀の四教」と「化法の四教」がある。
当分・跨節
当分は当位の分際のことで、そのままの立場のこと。跨節は節を跨ぐことで、一歩深い立場のこと。天台宗ではこれを教判として、爾前経を当分、法華経を跨節としている。
大小
大乗教と小乗教のこと。「乗」とはのせる、の義で小乗教は俱舎宗・成美宗・律宗など。阿含の四経をよりどころとして、小乗の戒律を立てる教えで、少ない範囲の人を、わずかな期間救おうというものである。大乗教とは華厳・方等・般若・法華をいい、小乗教より教えが高慢であり、多くの民衆を長い期間にわたって救おうというものである。大乗と小乗は相対的なものであり、文底下種の南無妙法蓮華経に対すれば諸教はみな小乗となる。
本門
仏の本地をあらわした法門のこと。迹門に対する語。法華経28品を前後に分け後14品を本門とする。迹門は諸法実相に約して理の一念三千を説き、本門では釈尊の久遠実成の本地を明かし、因果国に約して仏の振舞の上から事の一念三千が示されている。また本門の中心となる寿量品では、釈尊は爾前迹門で説いてきた始成正覚の考えを打ち破って、実は五百塵点劫という久遠の昔に常道していたことを説き、成道の根本原因、本因・本果・本国土の三妙を合わせて明かし、成仏の実践を説いている。
悪道
三悪道(地獄・餓鬼・畜生)四悪趣(三悪道+修羅)の略。悪行によって趣くべき苦悩の世界。悪趣ともいう。
講義
法華経寿量品の「此の法門」は、釈尊滅後、正像二千年には三国未聞の法門であることを示し、涅槃経に寿量品の実義が重説されていることを示しながら、爾前・迹門の得益との勝劣を判じられている。
また、了性房が不信は謗法ではないといったことに関し、法華経従地涌出品第十五の文を示して、不信は謗法であり、堕獄は必定であることを決判されている。
法華経本門寿量品已前の爾前・迹門の諸経を悉く〝小法〟〝小乗の法〟と判じた「此の法門」について、正法時代ではインドの竜樹・天親等が、内心には知りながら言葉には宣べず、像法時代では中国の天台大師・妙楽大師、そして日本の伝教大師が種々の疏釈を著して、あらあら演べたものの、実義は顕さなかった。いずれも時機未熟のゆえである。
続いて大聖人は、寿量品以外にこの義を説いた経文として涅槃経の文を引用されているが、これは同経寿命品の文である。「もし三法の常住を信じない者があるなら、もはや三法に帰する依処もなくなり、三乗の果さえ証得できないことになる」との意であり、寿量品で説かれた仏身常住を重ねて顕説したものである。
ちなみに涅槃経の立場は「涅槃は命を贖うの重宝なり、重ねて掌を抵つ耳」と天台大師が説いているように、法華経を命とし、法華経の命を贖う重宝の役割りを担う。すなわち「仏性常住を重ねて之を説いて帰本せしめ涅槃経の円常を以て法華経に摂す」と仰せられる意がそれである。
また同経寿量品には「譬えば樹に因りて則ち樹影有るが如し、如来も亦爾なり。常法有るが故に、則ち帰依有り」とある。これは寿量品の三宝常住を樹に譬え、爾前・迹門の諸経をその影に譬えているのである。
「経文に又之有り」と仰せあるのは、同じく涅槃経の「『若し如来は是れ無常なりと言わば、如来は則ち諸天世人の所帰依の処に非ざるなり』。迦葉菩薩、仏に白して言さく、『世尊、譬えば闇中に樹有りて影無きが如し』。『迦葉、汝樹有りて影無しと言うべからず、但肉眼の見る所に非ざる耳』」の文か。
五時・八教、当分・跨節、大乗・小乗の分別はあっても、本門の「此の法門」に相対すれば、諸経はすべて〝小法〟であり、その得益は木に随う影のようなものである。すなわち〝虚出〟である。
また本文の「寿量品已前の在世の益」とは、爾前の成仏往生、法華経迹門の二乗作仏等であり、これを「闇中の木の影」とされている。
諸経の得益については、「大乗小乗分別抄」に「華厳・阿含・方等・般若等の経経の間に六道を出づる人あり是は彼彼の経経の力には非ず過去に法華経の種を殖えたりし人・現在に法華経を待たずして機すすむ故に爾前の経経を縁として過去の法華経の種を発得して成仏往生をとぐるなり」(0524)と説かれている。
同抄で仰せの「過去に法華経の種を殖えたりし人」と、本文の「過去に寿量品を聞きし者」とは同義である。「過去に寿量品を聞きし」下種が薫修し、諸経を縁として根源の種子・妙法蓮華経を発得して成道した「在世の益」である。
寿量品已前の諸経の得益は、本来が寿量品の力によるものであり、したがって、寿量品を離れれば、作仏・得道という文のみあって実義はなく、有名無実の〝虚出〟となる。このことを、同じく「大乗小乗分別抄」では「本門寿量品をもつて見れば寿量品の智慧をはなれては諸経は跨節・当分の得道共に有名無実なり」(0523:03)と仰せられている。