崇峻天皇御書(三種財宝御書)


 


 


第二章(正法を妨げる者の罰を示す)


本文


されば御内の人人には天魔ついて前より此の事を知りて殿の此の法門を供養するをささえんがために今度の大妄語をば造り出だしたりしを御信心深ければ十羅刹たすけ奉らんがために此の病はをこれるか、上は我がかたきとは・をぼさねども一たん・かれらが申す事を用い給いぬるによりて御しよらうの大事になりて・ながしらせ給うか、彼等が柱とたのむ竜象すでにたうれぬ、和讒せし人も又其の病にをかされぬ、良観は又一重の大科の者なれば大事に値うて大事を・ひきをこして・いかにもなり候はんずらん、よもただは候はじ。


 


現代語訳


それゆえ江馬家の御内の人々には、天魔がついて、この内薫外護の原理で江馬氏一門が正法の家人となることを知って、あなたが法華経を供養することを防ぎとめるために、今回の竜象房等の大妄語をつくりだしたのである。ところが、あなたの御信心が深いので、十羅刹女があなたを護ろうとして、主君の病気をおこしたのであろうか。主君はあなたを自分のかたきとは思われていないけれども、ひとたび彼らのいうことを用いたことによって、御病気が重くなり、長引いておられるのであろうか。


彼らが柱とたのむ竜象房も、すでにたおれてしまった。讒言した人々も、また同じ病におかされてしまった。良観はもう一層仏法上の大罪がある者であるから、大事件にあい、大事をひきおこして、法罰をこうむることにもなるであろう。よもや、ただではすまないであろう。


 


語釈


天魔


天子魔の略で、四魔の一つ。欲界の第六天に住する魔王とその眷属によって起こり、父母・妻子・権力者等のあらゆる姿をとって正法破壊の働きをなし、仏道修行を妨げようとする。四魔の中でも、天子魔は大天魔・第六天の魔王ともいわれ、最も恐ろしい魔とされる。


 


今度の大妄語


建治3年(127769日、鎌倉の桑ケ谷で竜象房が説法を行なっていた。その法座に大聖人門下の三位房日行がのぞみ、竜象房を完膚なきまでに破折した。このとき、四条金吾が、その場に座を連ねていたことを利用し、江馬家の家臣たちが、あたかも金吾が、説法の座で乱暴狼藉をはたらいたかのように讒言し、金吾を陥れようとしたことをさす。この事は、「頼基陳情」に詳しい。


 


十羅刹


羅刹とは悪鬼の意。法華経陀羅尼品に出てくる十人の鬼女で、藍婆、毘藍婆、曲歯、華歯、黒歯、多髪、無厭足、持瓔珞、皐諦、奪一切衆生精気の十人をいう。陀羅尼品に「是の十羅刹女は、鬼子母、并びに其の子、及び眷属と倶に仏の所に詣で、同声に仏に白して言さく、『世尊よ。我れ等も亦た法華経を読誦し受持せん者を擁護して、其の衰患を除かんと欲す』」とある。


 


竜象


生没年不詳。はじめ、比叡山延暦寺のうちに止住していたが、人肉を食べ、叡山を追放された破戒僧。


 


和讒


一方では親しそうなふりをしながら他方で人を謗り、陥れること。


 


良観


12171303)。真言律宗の僧。法号が良観、諱を忍性といった。建保五年、大和国(奈良県)に生まれ、17歳のとき東大寺で戒を受け、のちに奈良西大寺の真言律宗の祖叡尊(の弟子となった。叡尊は律宗を再興するために、戒を重んじ、加えて真言の祈禱、念仏の弥陀称名を取り入れて一派を立てた。弟子の良観は、のちに関東に下向し、北条一門の帰依をうけた。文応元年(1260)には重時が極楽寺を創し、7年後の文永4年(1267)、重時の子業時が良観を招き開山とした。良観は以後37年間、極楽寺に止住した。彼は政治的手腕と経営力をもって幕府と結び、自らの安泰をはかった。そして彼を非難する日蓮大聖人をことごとに迫害した。また粗衣粗食と慈善行為を行ない、聖者の名をほしいままにした。大聖人は彼を法華経勧持品第十三にある三類の強敵中、第三の僭聖増上慢であると厳しく糾弾した。


 


講義


江馬親時が、こんど再び病気になったのは、家臣の讒言に惑わされて、自分を正しい道に導いてくれる四条金吾を迫害したための罰であること、そして、正法に反対する人々がこのようにつぎつぎと罰を受けているのは、四条金吾の勝利が近い証拠であることを暗に示されている。


讒言した同僚の人々のことを「天魔ついて」といわれているのは、現代的な感覚からいえば、古めかしい迷信のように感じられるが、そこには、仏法の達観と智慧がある。まず、智慧という点からいうと、悪いのは、その人の生命自体ではなく、なんらかの別のものがその人についていて、それが正法迫害という悪事をなさしめているのだということである。もし、悪の根源がその人の生命自体であるとすると、これはその人間に対する敵対心と憎悪を呼びおこさないではすまない。仏法のこの考え方は、人間と人間との仮借なき衝突と憎悪による争いを緩和する働きをしていくのである。


また、達観という点についていうと、まさに、人間の思考の原理や行動の原理は、こう表現される通りなのである。すなわち、法華経の信仰を憎む心を、彼らが持っていたにしても、それは先天的にあるものではない。おそらく浄土宗の僧たちや、そこから形成された社会一般の雰囲気によって吹き込まれ、いつのまにか作りあげられたものなのである。それは、この正法に対する憎しみという問題に限らず、あらゆるイデオロギーや人生観にしても、同じことである。したがって、悪の根源は、人々の生命自体ではなく、生命は善にも悪にもなりうる中立的なものであって、誰かが吹聴し社会に流した思想・物の見方自体にある。これを古来「天魔」あるいは「悪魔」という言葉で表現したのを、大聖人は、そのまま使われているのである。


ただし、そうした邪悪な思想や考え方を、はじめに言い出し、人々にこれを吹きこみ、その生命を染めあげていった人間がいる。こうした主導者は「良観は又一重の大科の者」といわれるように、単に吹きこまれ、踊らされている人々に較べ、はるかに重い罪にあたる。また、これを逆に正法の面でいえば、正しい仏法をただ受け入れてそれに従うだけという行き方に対し、自らのものとし、さらに人々にこれを伝えていく自行化他の人は、〝又一重の大善の人〟となるであろう。

タイトルとURLをコピーしました