第六章(妙法蓮華経は法華経の心・体なる事を再説)
本文
詮ずるところ、妙法蓮華経の五字をば、当時の人々は名とばかり思えり。さにては候わず、体なり。体とは心にて候。章安云わく「けだし、序王とは経の玄意を叙ぶ。玄意は文の心を述ぶ」云々。この釈の心は、妙法蓮華経と申すは、文にあらず、義にあらず、一経の心なりと釈せられて候。されば、題目をはなれて法華経の心を尋ぬる者は、猿をはなれて肝をたずねしはかなき亀なり。山林をすてて菓を大海の辺にもとめし猿猴なり。はかなし、はかなし。
建治三年丁丑霜月二十八日 日蓮 花押
曽谷次郎入道殿
現代語訳
所詮、妙法蓮華経の五字を、今の人々はたんなる名称に過ぎないと思っているのである。しかし、そうではない。妙法蓮華経は体である。体とは心である。
章安大師は法華文義の序文で「蓋し序王は経の玄意を叙し、玄意は文の心を述す」と言っている。この釈の意味するところは、妙法蓮華経というのは文にあらず、義にあらず、一経の心なのであると釈しているのである。
それゆえ、妙法蓮華経の題目をはなれて法華経の心を尋ぬる者は、あたかも猿をはなれて猿の肝を得ようとした亀のようなものである。また山林を捨てて木の実を大海に求めた猿のようなものである。まことにはかないことである。
建治三年丁丑霜月二十八日 日蓮 花 押
曾谷次郎入道殿
語釈
章安
(0561~0632)。章安大師のこと。中国天台宗第四祖(①北斉の慧文、②南岳慧思、③天台智顗、④章安灌頂)。天台大師の弟子で、師の論釈をことごとく聴取し、結集したといわれる。諱は灌頂。中国の浙江省臨海県章安の人で、七歳で摂静寺に入り、25歳で天台大師に謁して後、常随給仕して所説の法門をことごとく領解した。その聴受ののち編纂した天台三大部(「法華玄義」「法華文句」「摩訶止観」)をはじめ、大小部合わせて百余巻がある。師が亡くなってから「涅槃玄義」二巻、「涅槃経疏」20巻を著わす。その名声は高く、三論の嘉祥は章安の「義記」を借覧して天台に帰伏したという。唐の貞観6年8月7日、天台山国清寺で72歳で寂し、弟子智威(に法灯を伝えた。
丁丑
干支の組み合わせの14番目で、前は丙子、次は戊寅である。陰陽五行では、十干の丁は陰の火、十二支の丑は陰の土で、相生(火生土)である。
霜月
旧暦の11月のこと。
講義
本抄全体の締めくくりとして、再度、妙法蓮華経の題目こそ法華経の体であり心であって、この題目を唱えることが成仏への肝要であることを強調されている。
一般に、妙法蓮華経の五字とは、単に法華経の名前であると考えがちであるが、それは「法華経の謂れ」を知らない者のとらえ方にすぎない。五字の題目は法華経の肝心であるだけでなく、一代聖教全体の心であり体であり所詮の理なのである。章安大師の記した法華玄義の「序」の文は、そのことを端的に示しているのである。
章安大師のこの文は、天台大師の講述した法華玄義の「序王」について、章安大師自身が「記者釈して曰く」と記して解釈したものである。すなわち「蓋し序王とは経の玄意を叙し玄意は文心を述す」云々と続く釈である。
ここで“序王”とは天台大師の説いた法華玄義の序で、この序のなかで妙法蓮華経の経題についての説明がなされている。
これを受けて章安大師は、法華経の経題を釈す“序王”は「経の玄意」、すなわち法華経の深遠で微妙な意を述べているし、「玄意」はまた法華経の経文の心を述べている、と解釈したのである。
日蓮大聖人はこの文を用いて、妙法蓮華経の題目が、単なる文でも義でもなく法華経一経全体の心である、と仰せられたのである。
このように、妙法蓮華経の題目は一代聖教の大網であり法華経の体・心であるから、題目の有する甚深の心を忘れ離れて法華経を求めても、猿を離れて肝を尋ねたはかなき亀や山林を捨てて木の実を海に求めた猿のようなものであると戒められて、本抄を結ばれている。