法華初心成仏抄

法華初心成仏抄

 建治3年(ʼ77) 56歳

背景と大意

このお手紙は一般に建治3年(1277年)に執筆されたと考えられていますが、早ければ1271年、あるいは遅くとも1282年とする異説もあります。受取人は駿河国岡宮に住んでいた妙法尼と呼ばれる女性でした。彼女については、1278年に夫と死別し、また兄を亡くしたということ以外、詳しいことはほとんど知られていません。彼女は生涯を通じて不退転の信心を貫いた人物と見られています。また、1278年に日蓮大聖人から『妙法尼御前御返事(一句肝心の事)』を賜ったのと同じ妙法尼でもあります。

表題にある「初心」とは、過去世において功徳の根をほとんど植えてこなかったとされる、この末法の人々を指しています。問答形式で綴られた本書では、仏教の諸宗派の中で、法華経に基づく宗派のみが釈迦仏自身によって立てられた宗であるとまず結論づけています。なぜなら、この経典にのみ仏の真実の御本意が説かれているからです。

最初のいくつかの問答を通じ、教え・機根・時・国のいずれの観点から見ても、末法において日本国に弘めるべき経典は法華経のみであると大聖人は説かれます。人によって向き不向きがある権教(方便の教え)とは異なり、法華経は一切衆生を成仏させることができる唯一無二の教えです。

日蓮大聖人の時代には、法華経はあまりに深遠で末法の人々の機根には及ばず、比較的易しい念仏の教えのみが阿弥陀仏の浄土への往生を通じて人々を救うことができる、という考えが世に広まっていました。大聖人はこれに反論し、この時代においては、法華経の肝要たる南無妙法蓮華経の七字こそがすべての人々を利益する法であると断言されます。これこそが、上行菩薩によって弘められるべき法です。

当時日本を襲っていた数々の災難に触れ、日蓮大聖人は、権教に基づく国家安穏の祈願はもはや何の験もないと指摘されます。火を起こすには、良き火打ち金、良き火打ち石、良きほくちの三つが必要です。同様に、祈りが成就し国が平和を取り戻すためには、「良き師」「良き檀那」「良き法」という三つの要素が揃わなければなりません。仏の教えの中で最第一である法華経こそが、祈りを叶え災難を治めることのできる、まさにその「良き法」なのです。

この御抄を一貫して流れる主題は、法華経が持つ普遍的な救済の力です。大聖人は、人々に理解力があるか否かにかかわらず、妙法との縁を結ばせることが最も重要であると説かれます。それゆえ、末法の悪世においては、不十分な権教ではなく法華経の肝心たる南無妙法蓮華経を強いて説くべきであると強調されます。たとえ法華経を謗る者であっても、それによって結ばれる「逆縁(毒鼓の縁)」によって、やがては成仏に至るからです。また、妙法尼のために、法華経は爾前の教えとは異なり、男性と同様に女性の成仏をも保証していることを明らかにされています。

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