四条金吾殿御返事(世雄御書)2010・10月号大白蓮華より。先生の講義

四条金吾殿御返事(世雄御書)2010・10月号大白蓮華より。先生の講義

弟子の勝利が「師匠の勝利」「仏法の勝利」に

師匠は常に、弟子の勝利の報告を待っています。戸田先生もそうでした。私はいつも、戸田先生の直弟子として敢然と戦いました。勝利の結果をお伝えできることが、何よりも嬉しかった。今でもそうです。世界広布を進めゆく青年の陣列が出来上がりましたと、私は胸を張って、戸田先生にご報告できます。

弟子が広宣流布の使命に戦い、勝利する。

それでこそ、広布の実現の拡大が進みます。

日蓮大聖人の御在世にあても、大聖人が身延に入られてからは、本格的な弟子の闘争の時代を迎えました。門下たちが障魔との戦いに挑み、乗り越え、各人の人生に勝利の大輪の花を咲かせます。またそのために、大聖人は激励を続けられました。

四条金吾もその一人です。

建治3年(1277)四条金吾は人生の最大の苦境の中にいました。

この年の6月、桑ヶ谷問答に際し、金吾が徒党を組んで法座に乱入したという讒言を受けた主君・江間氏は、四条金吾に対して“法華経の信仰を捨てる”という起請文を提出するように迫りました。書かなければ、所領を没収されるという事態に陥ったのです。

四条金吾は起請文を絶対に書かないとの決意を、大聖人に御報告しました。これに対する返書が、同年7月の「四条金吾殿御返事(不可惜所領事)」です。

この中で大聖人は、四条金吾の決意を賞讃され、「いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず」(1163:15)と指導されます。そして、金吾に代わって、主君への弁名書である「頼基陳情」を認められます。

本抄の末尾にも、この「頼基陳情」のことが取り上げられ、提出の機会をうかがっている様子が伝わってきます。したがって、本抄の御執筆は「不可惜所領事」を認められた時から、そう離れていないと推察されます。

ともあれ、本抄からは、幾度も激励を重ねて、金吾をなんとしても勝利へ導かれようとする大聖人の御心情が伝わってきます。

弟子の勝利を願わない師匠はおりません。

その師匠の指導の急所こそ「仏法は勝負」の指針なのです。

本文

四条金吾殿御返事    建治三年    五十六歳御作

  御文あらあらうけ給わりて長き夜のあけ・とをき道をかへりたるがごとし、夫れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり、故に仏をば世雄と号し王をば自在となづけたり、中にも天竺をば月氏という我国をば日本と申す一閻浮提・八万の国の中に大なる国は天竺・小なる国は日本なり、名のめでたきは印度第二・扶桑第一なり、仏法は月の国より始めて日の国にとどまるべし、月は西より出で東に向ひ日は東より西へ行く事天然のことはり、磁石と鉄と雷と象華とのごとし、誰か此のことはりを・やぶらん。

現代語訳

あなたのお手紙の概略をうけたまわり、長い夜が明け、遠い道を歩いて、帰りついたように、安心いたしました。

そもそも、仏法というのは勝負を第一とし、王法というのは賞罰を本としています。故に、仏を世雄と号し、王を自在と名づけているのです。この世界の国々のなかでも、天竺国すなわちインドを月氏といい、わが国を日本といいます。一閻浮提中にある八万の国のうちでも、大なる国は天竺であり、小なる国は日本です。しかし、その国の名のめでたさでいうならば、インドは第二であり、扶桑は第一です。

仏法は月の国から始まって、日本の国にとどまるであろう。月は西から東に向かい、日は東から西へいくことが自然の道理であるように、このことは真理であり、あたかも磁石が鉄を吸い、雷が鳴って象牙が成長するようなものです。誰もこの道理を破ることはできません。

講義

仏法が勝利の根本

本抄の冒頭のこの御文から、大難に直面する四条金吾の身に、何かしら安心できる変化があったことがうかがえます。大聖人は、長い夜が明けたようだと仰せです。あるいは、大変な状況であっても、金吾自身が深く決意できていることに、大聖人はひとまず安心されたのかもしれません。

また後半に「主のうらうらと言和かにすかさせ給うならば」等と認められていることから考えると、主君との面談がかなうようになるなど、主君の態度に和らいだ様子があったのかもしれない。ただし、大聖人は「必ず人にだまされるであろう」などと、心配していることもうかがえます。

いずれにしても、状況はまだまだ厳しく、これからの金吾自身が不動の信念に立って、粘り強く戦っていくことが一層、必要であると、大聖人は思われたのでありましょう。

四条金吾の最大の試練にあって、真実の勝利を勝ちとるために、この「仏法は勝負」の哲学を教えられたのです。

ここでは、仏法と王法の二つに言及されています。所領問題で悩む金吾にとって、信仰を貫いて所領を没収されるか、法華経を捨てて主君の命令を受け入れるか、すでに金吾自身の覚悟は決まっていました。法華経を捨てるという主君への誓状などは決して書かない、と。けれども、信仰と主君の命令との間で苦悩している金吾にとって、「仏法と王法」こそが最も切実なテーマとなっていたことは間違いありません。

仏法は、世法上の価値を否定するものではありません。しかし、財産や地位・名誉など、世法上の価値に執着したり、王法の横暴な権力を恐れたりして、人間として最も根本の価値となる仏法を忘れてしまえば、真の幸福を実現することはできません。魂の敗北とならざるをえないのです。

それゆえに、常に、人生の根本基準として決然と仏法を選び取ることです。しかも、現実の生活のうえで、最後には勝利の姿を現じていく粘り強い戦いが重要となります。

仏法を根本とするということは、王法の賞罰や、世法の毀誉褒貶に揺るがない不動の信心を貫くことです。

「仏法と申すは勝負をさきとし」とは、まず何があっても、勝れた根本の仏法に基づいていくという信念です。それゆえに、必ず結果として仏法の実証を現していくという決意と実践です。

ここで、「世雄」という仏の称号を挙げられているのは、なぜか、仏法の深い智慧で、本当に価値あるものを見極め、社会の中で堂々と、真の幸福勝利の人生を築くことの大切さを示されるためであると拝せます。「世雄」とは、あらゆる世間の中で最も勝れた智慧を体得して、煩悩に打ち勝ち、ゆるぎない幸福境涯を開いた勇者のことです。

また、王について「自在」と呼ばれている。これは一応は、王法における王が賞罰等によって人々を意のままに統治することを指していると拝せます。しかし、大聖人の意は、むしろ、法華経に「我れは為れ法王にして、法において自在なり」とあるように、王法であり世雄である仏の力が自在でるとの意を込めて言われていると拝察できます。

金吾が属する現実の武家社会にあっては、君主による賞罰が、武士たちの生活を決定づけていました。

勝れた法である仏法を根本とすれば、その自在の力によって、たとえ、どのような強力で横暴な王法であっても、ついには打ち勝っていくことができることを示されているのです。

そのことを明確にするために、本抄では、日本及び中国における仏教伝来の歴史を取り上げ、仏教がどのように受容され、仏法を根本とした時に人々がどのように繁栄していったかを示されています。

「釈迦仏は賞罰ただしき仏」

本抄では、日本における仏教伝来の経緯が、『日本書紀』に基づいて詳しく記されています。いわゆる“崇仏派”とされる蘇我氏と、“排仏派”とされる物部氏との間の抗争です。もちろん、今日の歴史学から見れば、両者が単に仏教受容をめぐって対立したと捉えるよりも、権力闘争などのさまざまな背景があったと理解されます。ただ大事なことは、当時の史料に基づいて、大聖人が何を仰せられようとしていたか、ということです。

大聖人は、仏教が幾多の批判や弾圧を越えて重んじられるまでの経緯を紹介され、王法の権力といえども、根本の仏法を用いて善政を行えば栄え、背けば滅びていく実例として示されているのです。

更に、中国に仏教が伝来した時も、日本の仏教伝来の時も、木像や画像の釈迦仏を尊崇した者が栄えたという現証を踏まえて、「されば釈迦仏は賞罰をただしき仏なり」と仰せです。ここでいう「賞罰」とは、仏法の道理から厳然と現れる「功徳と罰」のことです。道理に則るか背くかによって、現実のうえに賞罰は厳然と現われることを明かされているのです。

どのように権威・権力におごっている者も、仏法に背いては、道理として、ついには滅びないものはないのです。この原理に照らして、正しい仏法を持っている四条金吾を迫害する勢力も、ついには力を失い、必ず滅びていく。だからこそ、今は苦しくとも、“絶対に負けてはならない”と激励されているのです。

弟子の勝利のために、歴史を繙き、道理を説いて、なんとしても確信を得させようと心を砕かれる深い慈愛が伝わってきます。

本文

  又吾一門の人人の中にも信心も・うすく日蓮が申す事を背き給はば蘇我が如くなるべし、其の故は仏法日本に立ちし事は蘇我の宿禰と馬子との父子二人の故ぞかし、釈迦如来の出世の時の梵王・帝釈の如くにてこそあらまじなれども、物部と守屋とを失いし故に只一門になりて位もあがり国をも知行し一門も繁昌せし故に高挙をなして崇峻天皇を失いたてまつり 王子を多く殺し結句は太子の御子二十三人を馬子がまご入鹿の臣下失ひまいらせし故に、皇極天皇は中臣の鎌子が計いとして教主釈尊を造り奉りてあながちに申せしかば入鹿の臣並に父等の一族一時に滅びぬ。

  此をもつて御推察あるべし、又我が此の一門の中にも申しとをらせ給はざらん人人は・かへりて失あるべし、日蓮をうらみさせ給うな少輔房・能登房等を御覧あるべし、

現代語訳

また別しては、吾が一門の中の人であっても、信心がうすく、日蓮の申したことに背いたならば、蘇我一門のようになるであろう。

その理由は、仏法が日本に受け入れられたのは、蘇我の宿禰と馬子との父子二人がいたからであった。仏法を守護したのであるから、釈迦如来の出世の時の梵王・帝釈のような立場となるはずであった。だが、蘇我氏は、物部の尾輿や、その子の守屋を滅ぼしてしまったために、大きな勢力をもった朝臣はただ蘇我一門だけになり、位も上がり、国をも知行し、一門も繁盛したため、おごりたかぶった心を起こして、ついには崇峻天皇を殺し、王子を多く殺し、結局は、聖徳太子の御子23人を、馬子の孫にあたる入鹿の臣下がころしてしまったのである。

そこで皇極天皇は中臣の鎌子の計いで、教主釈尊を造って、逆臣が亡びることを強盛に祈って討伐したので、入鹿の臣ならびに、その父蝦夷等の一族は一時に皆滅びてしまったのである。

この蘇我氏の興亡の例を以て推察しなさい。またわが一門のなかでも、信仰が浅薄で信心を貫き通せない人々は、かえって仏の罰を蒙るのである。その時になって日蓮をうらむようなことがあってはならない。少輔房・能登房、門下で退転した人々の姿を御覧なさい。

講義

不退転の信心を貫くように激励

続いて大聖人は、かって“崇仏派”だった蘇我氏一門が、その後、権勢を振るい、権力の絶頂を極めるや暴虐の限りを尽くし、最後は一族が滅ぼされたという出来事に言及されます。「高挙をなして」いた蘇我氏一門は、結局釈尊を重んじ崇めた勢力によって、滅ぼされたと仰せです。

いかにかって、“崇仏”の貢献があっても、後に慢心が芽生え、万人を慈愛し導く仏法の心から離れてしまえば滅んでしまう例とされています。

大聖人は、門下のなかにも、万人成仏の法華経の不惜身命の実践に生き抜く師たる大聖人に背く者が現れれば、この蘇我氏のようになると戒められています。

この教訓を通して、たとえいかなることがあっても、世法上の事柄にとらわれず、最後まで信心を貫き通すべきだと指導されているのです。もし、自分の弱い心に負け、目前の利益にとらわれて、信心を貫けずに退転してしまったならば、かえって失となってしまう。退転・反逆の少輔房・能登房のようになってはならないと仰せです。

逆境の時にこそ、信心の真価が現れます。三障四魔・三類の強敵との戦いの時、あるいは、いざという宿命転換の戦いにあって、一番、大切なことは「不退転の信心」です。

佐渡流罪の渦中も、また四条金吾の大難の時も、大聖人は常に、信仰を貫き通しなさいと金吾を激励されています。

「法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば火をえず」(1117:四条金吾殿御返事:18)

「受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり、此の経を持たん人は難に値うべしと心得て持つなり」(1136:四条金吾殿御返事:05)

難は信仰を鍛えます。人間を強くします。難は一生成仏の道において、避けて通ることはできない壁です。

不退を貫き、壁を乗り越えれば、必ず勝利の栄冠が待っています。絶対に退転だけはしてはならない。この一段からも、弟子への厳愛が伝わってきます。

本文

  かまへて・かまへて此の間はよの事なりとも御起請かかせ給うべからず・火は・をびただしき様なれども暫くあればしめる・水はのろき様なれども左右なく失いがたし、御辺は腹あしき人なれば火の燃るがごとし一定・人にすかされなん、又主のうらうらと言和かにすかさせ給うならば火に水をかけたる様に御わたりありぬと覚ゆ、きたはぬ・かねは・さかんなる火に入るればとくとけ候、冰をゆに入るがごとし、剣なんどは大火に入るれども暫くはとけず是きたへる故なり、まへにかう申すはきたうなるべし、仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なりいかに・いとをし・はなれじと思うめなれども死しぬれば・かひなし.いかに所領を・をししと・をぼすとも死しては他人の物、すでに・さかへて年久し.すこしも惜む事なかれ、又さきざき申すがごとく・さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし。

現代語訳

充分に用心して、当分、たとえ他の事であっても、御起請を書くようなことがあってはならない。

火の勢いは、ものすごいようであっても、しばらくすれば消える。水はのろいようであっても、その流れは簡単にはなくならない。あなたは短気であるから、火の燃えるようなところがある。必ず人に足をすくわれるであろう。また、主君などが、言葉やわらかくいいくるめようとするならば、火に水をかけたように、主君に説き付せられてしまうだろうと思われる。

鍛えていない鉄は、燃えさかる火の中に入れればすぐにとけてしまう。氷を湯の中に入れるようなものである。剣などは大火に入れても、しばらくはとけない。これは鍛えられているからである。

あなたは事前に、こう申すのは、あなたを鍛えるためである。仏法というのは道理をもととするものである。道理というものは主君のもつ権力にも勝つのである。いかに愛おしい、離れまいと思う妻であっても、死んでしまえばどうにもならない。また、いかに所領を惜しいと思っても、死ねば他人のものとなってしまう。

あなたは所領をいただき、すでに栄えて年久しいことである。少しも所領など惜しむ心があってはならない。

また以前にも申したように、今は身に危険がある時であるから、以前より百千万億倍、用心していきなさい。

講義

心を鍛え抜き、決定した信心を

大聖人は、ここで、感情に支配され、軽率な行動をとってはならないと注意されているのです。厳しい脅しに屈したり、反対に、穏和な態度に油断して懐柔策にうまく乗せられてしまったり、結局、主君の思うままになって、信心を失ってはならない、と。どこまでも金吾を守ろうとなさるがゆえに、賢明に処していくべきであると、具体的に教えられているのです。

これからもさまざまに起こるであろう出来事に対し、一喜一憂して自分の心が揺れ動いては本当の意味で勝利を築くことはできません。仏法は道理です。自分の心を鍛え抜き、信心で磨かれた曇りなき生命で対処していってこそ、初めて勝利への妙用がわが生命に現れる。

信心根本に常に自分を磨き、鍛えていく。その妙法による生命練磨の道こそが、真の勝利への直道です。私たちでいえば、朝晩の勤行であり、学会活動です。自身の人間革命があって、初めて勝利の扉が開かれるのです。

そのうえで、勝利への確かな道筋を、「仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり」と、明快に仰せです。法華経への信心を根本に、正直に誠実に生きる人は、道理としてあらゆるものに勝利していくことができるのです。

「主に勝つ」とは、賞罰をもって家来を支配する力をもった主君も、仏法の道理の力には断じて勝てない、ということです。

時によっては、身命を賭して主君の悪を諌めていくことも必要となる。それゆえ大聖人は、主君への弁明書を書いてくださり、主君が信奉する極楽寺良観を厳しく破折されている。良観が仏法の上で悪の元凶だからです。本当の悪は厳しく責めて打ち破ってこそ、善へと包みこむことができるからです。

ゆえに大聖人は、所領を惜しんで信心を失うことがあってはならないことを、あらためて強調されています。

たとえ、どのようなことがあっても、絶対に信心だけは貫いていきなさいとの峻厳なる御指導です。ぎりぎりの選択をしなければならない時には、最後は、根本である信心を選び取りなさいとの明快な基準を教えられているのです。大難の時には、この決定した心がどこまでも肝要なのです。

ただし、この場合、短気や自棄の心を起して所領を返上し、自分から主君の元を去っていくようなことは、当然、真実の解決とはなりません。これは、非道の主君から離れて信心を根本にした行動をとっているようでいて、結局は、自分の弱い心に負けている姿だからです。

「主に勝つ」とは、どこまでも信心を貫いて、粘り強く誠実に振る舞い、ついには、主君に目覚めさせることです。

自他ともの幸福を

妙法とは調和の法です。すべてを包み、すべてを生かす根源の法です。妙法は、調和の中心、根本です。この妙法の力によって、「誤解」を「理解」に、「対立」を「信頼」に「分断」を「結合」へと高めていくことが、真正の仏法の勝利です。妙法という調和力をあらわして、自他共の幸福を勝ちとっていくことこそ、大聖人が門下に教える確かな勝利の姿です。

例えば、池上兄弟に対しては、兄弟の団結によって一家和楽の勝利の姿を目指すべきことを説かれた。父の理不尽な処置に対しても敢然と正義を貫いた兄弟は、父親からの勘当が解けるだけで終わらずに、信仰に反対していた父親自身が入信するという劇的な大勝利を生みます。兄弟の信ずる妙法が父を包みこみ、正義を目覚めさせたのです。

四条金吾の場合も、主君が現実に金吾を迫害してきても、大聖人は、主君がいかに大恩ある存在であるかを指導されました。

竜の口の法難・佐渡流罪の時、日本中が大聖人を憎み、門下も所領を取られたり、追放されるなかで、あなたは主君から守られていたではないか。その恩義を忘れて非理に恨んでは諸天善神も守らなくなる。と。

本抄の次の御手紙でも、主君は今は信仰をしていなくても、信仰を貫く金吾を守ってきたことによって、主君にも善根が及び、栄えることは間違いとまで仰せられています。

四条金吾もこうした御指導を受けて、主君が法華経への信仰を持つように、ずっと祈り続けます。やがて、主君は金吾への信用を回復し、態度が変わります。そして、金吾は新たに所領を賜わるという大いなる勝利の実証をあらわしていく。この勝利の因について、大聖人は「我が主に法華経を信じさせまいらせんと・をぼしめす御心のふかき故か」(1180:四条金吾殿御返事:10)「此れ偏に貴辺の法華経の御信心のふかき故なり」(1180:四条金吾殿御返事:12)と仰せです。

まさしく四条金吾の信心によって、妙法の大いなる力用が主君を包み込んだのです。

仏法の勝利は、妙法という最高の道理に基づく勝利です。妙法の調和の世界が生活の次元、職場の次元、地域の次元、さらには国家をも超える次元で広がっていくことこそ、仏法の大いなる勝利の実相なのです。

いかなる悪縁をも善縁に変える、価値創造の力が妙法にはあります。大悪を大善に変える、宿命転換の力があります。

非道を道理に変える、正義の力があります。

それぞれの弟子が現実社会の中で勝利することは、一人一人の人間革命の実証です。一人一人が「心の財」を第一として、境涯を深めていく。法華経の哲学で言えば、「万人が仏である」との信念に立ち、「人を敬う、人の振る舞い」に徹していく。一人の信仰者としての人間的成長そのものが、勝利を約束するのです。

それゆえに大聖人は「をくびやう物をぼへず・よくふかく・うたがい多き」(1191:聖人御難事:03)と、退転者が陥る心の闇が生じないようにと、どこまでも厳しい御指導をされています。心をゆがめ、信心を忘れてしまえば、いつしか世法の名誉や財産にとらわれ「心の財」を忘れた人生に堕しかねない。師匠が、弟子の「慢の心」「増上慢」を破ってくださるのは、最高の慈愛なのです。

智慧を尽くして賢明に

四条金吾は、大聖人の仰せを忠実に守り、誠実な行動を貫きます。そして、大聖人の仰せ通りに「心」で勝ちました。それが、大きく一切の環境を変えていったのです。

そのうえで現実の勝利とは、どこまでも「小事が大事」との、こまやかな智慧を働かせての戦いによって実現するものです。悪縁に満ちた悪世に信心を貫き実証を示すのだから、油断してはならない。これまでの「百千万億倍」の用心が必要だとも御指導されています。

賢明な智慧が必要です。周囲の人を一人また一人と、確実な味方にするなど、勝利の環境を自ら作りあげていくことが大事であるとも教えられています。

勝つことを深く心に定めて、信心根本で、耐えるべきことは歯を食いしばって耐え、切り抜けるべき時は智慧を尽くして切り抜けていくように、指導されているのです。

弟子の勝利が広布を開く時代を迎えた時に、大聖人は、「仏法は勝負」の要諦を、金吾に教えられました。その要諦を再度、心に刻んでおきたい。

その第一は、どこまでも、仏法が根本であり、信心根本で生きることです。

第二に、自分の弱さと戦い、心を鍛え、迫害や誘惑など、あらゆる悪縁にも紛動されないことです。その本質は悪と戦うことです。

第三に、妙法の無限の力を信じ、誠実な人間性豊かな粘り強い振る舞いを積み重ねていくことです。つまり、智慧を尽くしゆく道理の戦いを貫き通していくことです。

「仏法は勝負」との妙法根本の行き方は、時代・社会の移り変わりを超えて、永遠にわたる根源的な勝利、真実の幸福を勝ち取っていく源泉となるのです。

本文

  日蓮は少より今生のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり。

現代語訳

日蓮は若い時から、今生の栄を祈ったことはありません。ただ仏になろうと思い願うだけです。しかしながらあなたの事は、絶えず法華経、釈迦仏、日天子に祈っているのである。それは、あなたが法華経の命を継ぐ人だと思うからです。

講義

「法華経の命を継ぐ人」

仏法は勝負です。一人の信仰者の勝利が、仏法の勝利です。師である日蓮大聖人は、御自身が「仏法は勝負」と厳然と障魔と戦われ、すべての魔性を打ち破られました。末法に生きる私たちの勝利の道を無限に開いてくださいました。その勝利の実証によってこそ、末法の衆生を救う大法が、この現実世界への流通を開始したのです。

大聖人は、広宣流布・民衆救済という「法華経の命」を蘇らせたのです。では、この命を継ぐのは誰か。この道をさらに広げ、末法万年の人々を救うのは誰か。それは師と同じく「仏法は勝負」と挑戦し、勝ち切っていく弟子以外にありません。

師弟が共に勝利した時に、そこに広宣流布の歴史が生まれ、末法万年への潮流となって迸るのです。

大聖人は、弟子の勝利のために、金吾のことを絶えず祈り抜かれていると仰せです。それは、弟子の幸福を祈る大慈悲であることは言うまでもありません。とともに、何よりも、広宣流布の流れを絶やさず、法華経の功力を継承させていくためであるからと仰せです。

「法華経の命を継ぐ人」が出現したことは、師匠の勝利であり、仏法の勝利です。

あとは弟子が、師匠の思いを受け止め、師弟不二の信心で、戦い、勝利することです。

大聖人は、ひたすら弟子の成長と勝利を願われました。

門下は、それぞれの逆境と戦い、宿命を乗り越え、見事な実証を示してきました。四条金吾夫妻も、池上兄弟と夫人たちも、また、南条時光と母・上野尼、富木常忍夫妻、乙御前と母、妙一尼等々、皆、そうです。師匠の励ましを受けて、一人一人が大きく勝利のドラマを築いていった。そこに、末法万年尽未来際まで流れ通う、広宣流布の源流が成ったのです。

日蓮仏法における「師弟の絆」

「仏法は勝負」とは、単なる教訓ではありません。日蓮仏法における師弟の魂であり、真髄です。

「報恩抄」に「日蓮が慈悲曠大ならば 南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ」(0329:03)と仰せです。

末法万年の流通も、一切衆生の盲目を開く力も、無間地獄の道をふさぐ救済の力も、「仏法は勝負」との不惜の戦いがあってこそ開かれたのです。ゆえに、弟子の同じ不惜の闘争によってのみ継承されるのです。

大聖人が示された、「仏法は勝負」の信仰を貫いてきたのは、創価学会しかありません。むしろ、学会出現以前は、仏法を根本とする人間革命・現実変革の闘争は、ほとんど忘れられていたと言っても過言ではないでしょう。

牧口先生は「仏法は勝負」と、戦って勝ち取った実証こそ「宗教の命」であると述べられました。

「日蓮大聖人が『仏法は勝負をさきとし、王法は賞罰を本とせり』と仰せになっているように、これこそ宗教の生命というべきもの」

また戸田先生も「信心は、人間の、また人類の行き詰まりとの戦いだよ。魔と仏との闘争が信心だ、それが仏法は勝負ということだ」と述べられています。

戸田先生の事業が窮地に立たされた時もそうでした。

「大作、仏法は勝負だ、男らしく、命のある限り、戦いきってみようよ。生命は永遠だ。その証拠が、必ず、何かの形で今世に現われるだろう」

私は、この言葉通り戦ってきました。証拠を出してきました。ゆえに、一点の悔いもありません。

また、恩師は、常々語られていました。

「我々は絶対勝利の信心をしている。その自覚から、仕事にせよ、何にせよ、断じて勝つことが大事なのだ」

「仏法は勝負だ、闘争を開始するからには、それだけの準備と決意をもって断じて勝つのだ!」

そして、歌にも詠まれました。

「勝ち負けは、人の生命の、常なれど、最後の勝をば、仏にぞ祈らむ」

恩師からいただいた最後の和歌です。

まさに、創価三代の師弟は「仏法は勝負」を魂として、一切に勝利してきました。

いかなる人にも、仏と魔の戦いという、生命の根本の闘争があります。仏法は、この根本的な勝負に勝つための法です。勝ってこそ正義です。仏法の正しさを証明されるのです。

今、この「仏法は勝負」の行動を継承する「法華経の命を継ぐ」友が、世界中に誕生しました。陸続と続いています。

弟子が立つ。弟子が舞う。弟子が勝ゆく。 創価の師弟の勝利が、地球を大きく包み込む時代になったのです。皆さんの勝利の笑顔が、人類を照らす希望の光源となっています。皆さんの幸福の実証が波動を広げ、世界を動かしていきます。

いよいよ、創価青年学会の新たな拡大が始まった。私は「永遠の勝利」のバトンを、愛する君たち一人一人の心に、確かに託していきたいのです。

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