四条金吾殿御返事(不可惜所領事)2008:12月号大白より 先生の講義

四条金吾殿御返事(不可惜所領事)2008:12月号大白より 先生の講義

威風堂々 いかなる逆境にも負けない

「師弟の大道」を悠然と!

本当に偉大な人とは、どういう人をいうのでしょうか。

ある時、戸田先生は語られました。

「真実に偉いというのは、青年時代の命を一生涯、生ききっていく人が、人間的に最高に偉い人ではないか」

これも、我が生命に焼き付けた指導の一つです。私は、本当に戸田先生のおっしゃる通りだと思います。

創価学会の同志には、多宝会の方々をはじめ、この指導通りに不屈の信心を貫き、凱歌の人生を勝ち取った「庶民の王者」が多くられます。その方々を、私は心から讃えたい。

信念は貫き通してこそ、まことの信念となる。

「信仰」の精髄は、まさしく「不退転」にあります。

いかなる逆境にも、ひとたび掲げた「信仰の旗」を厳然と振り続ける。

その人が本当に偉大な人です。真の一流の人間です。御本仏・日蓮大聖人から賞讃される「誉れの信仰者」であることは間違いありません。

人生最大の苦境に入魂の激励

四条金吾もまた、人生の岐路にあって、信心を貫き通した真実一路の人です。

金吾の最大の苦境、それは建治3年(1277)6月、主君の江間氏から「“法華経を捨てる”との起請文を書け」と迫られたことでありました。

事の発端は、この6月9日に行われた桑ヶ谷問答にありました。

これは、大聖人の弟子・三位房が、当時、鎌倉の人々が惑わされていた竜象房の邪義をことごとく打ち破った破邪顕正の法論でした。

この日、四条金吾は同席しておりましたが、一言も発することなく、法論を見守っていただけです。

ところが後日、“四条金吾が、説法の場に、徒党を組んで刀を対して乱入した”という「虚言」が主君・江馬氏の耳に入ります。

その結果、江間氏は四条金吾に対して、“法華経を捨てるとの誓状を書け。さもなければ、所領を没収し、家臣から追放する”との命令書を下します。

所領問題は、武門の恥であり、生活の糧を奪われることにほかなりません。

しかし、この時、四条金吾は迷わず信仰を選び取りました。

そして、ただちに大聖人に報告します。

金吾からの書状で事件の真相を把握された大聖人は、即座に筆を執られ、金吾に代わって、江間氏への長文にわたる弁明書を認められました。

その中で、今回の讒言は「頼基をそねみ候人のつくり事」(1157-04)であるとして、主君の疑惑を晴らすとともに、四条金吾の立場と行動を通して、日蓮大聖人の仏法の正義を示されています。

それが「頼基陳状」です。

そして、この陳状に添え、金吾が“決して誓約書はかかない”“法華経は捨てない”との毅然たる誓いを大聖人に表明したことを讃えられたお手紙が、今回、拝する「四条金吾殿御返事」です。

とともに戦い、生き抜く人生が、いかに誉れ高くいだいであるか。

金吾の胸もまた、師と同じ大確信の曉鐘が鳴り響いていったに違いありません。

その「師弟不二」の信心を、本抄を拝して学んでいきましょう。

本文

   普賢・文殊等なを末代はいかんがと仏思し食して妙法蓮華経の五字をば地涌千界の上首・上行等の四人にこそ仰せつけられて候へ・只事の心を案ずるに日蓮が道をたすけんと上行菩薩・貴辺の御身に入りかはらせ給へるか又教主釈尊の御計いか、彼の御内の人人うちはびこつて良観・竜象が計ひにてや・ぢやうあるらん、起請をかかせ給いなば・いよいよかつばらをごりて・かたがたに・ふれ申さば鎌倉の内に日蓮が弟子等一人もなく・せめうしなひなん、凡夫のならひ身の上は.はからひがたし、これを・よくよく・しるを賢人・聖人とは申すなり、

現代語訳

  釈尊は、普賢菩薩・文殊菩薩等でさえも、末法には、おぼつかないと思われて、妙法蓮華経の五字をば地涌千界の上首である上行菩薩等の四人に仰せつけられたのである。ただ、このたびのことの意味を考えると、日蓮の弘通の道をたすけようとして、上行菩薩があなたの御身に入りかわれたのだろうか。または教主釈尊の御計い事であろうか。江間氏の身内であなたを憎んでいる人々が増長しているのは良観・竜象房が、きっと画策しているに違いないでしょう。

もし、あなたが信仰を捨てるという起請を書いたならば、彼らはますます驕り高ぶって、方々にそれを吹聴するであろう。その結果、鎌倉にいる日蓮が弟子等は、一人も残らずせめられ、いなくなってしまうであろう。凡夫の常として、自分の身の上のことは、計りがたいのであり、それを熟知するのを賢人・聖人というのです。

講義

悪世末法に法華経を持つ信心を賞讃

日蓮大聖人の言論戦は、常に「電光石火」であられました。

弟子が苦境に立たされると察知あれるや、即座に渾身の激励の手を打たれた。

弟子の心に巣くう「無明の闇」を晴らし、清新な「信心の風」を胸中に吹き込れてくださった。

さらに、一切の魔性と戦われ「正義の旗」を満天下に打ち立てられた。この御本仏の疾風迅雷の師子吼によって、弟子が一人また一人と立ち上がり、広宣流布は音を立てて前進していったのです。

本抄の前半では、信心を貫き通す覚悟を決めた四条金吾への賛嘆が、さまざまな観点から記されています。

とりわけ大聖人は、四条金吾が「日蓮が道をたすけん」としたことを讃えられ、上行菩薩が四条金吾の身に入ったか、あるいは教主釈尊の御計らいであろうとまで仰せです。

それほどまでに思うくらいに、大聖人は四条金吾の信心を称揚されています。

それほど、一人の凡夫が悪世末法に信心を貫き、広宣流布に立ち上がることは希有なことだからです。

なぜ、それほど困難なのか。

それは、信心を貫くことは、生命の奥底にある無明と戦うという、根本的な次元での生命変革に挑み続けることだからです。それは、三障四魔、三類の強敵が紛起する至難の道です。

しかし、それらを打ち破って自身の生命の変革を力強く遂行していく中にしか、真の成仏はありえません。その「偉大な凡夫成仏」の末法の先駆として四条金吾が師と共に戦い抜いたがゆえに、御本仏が照覧されていると拝されます。

良観の謀略を未然に防いだ金吾の「信心」

大聖人は、ここで、今回のデマ事件は、極楽寺良観の画策によって起きたものであると喝破されております。

悪人たちは、まず金吾を退転され、そのことを鎌倉中に吹聴する。そして、多くの門下を動揺させ、大聖人の弟子を一人残らず退転させようと企んでいたのです。

第六天の魔王の働きは、それほど熾烈であり、陰湿かつ執念深いのです。

竜の口法難、佐渡流罪へと続く大難の中で、大聖人は第六天の魔王に完全に勝利されました。

それに対して、大聖人に敗れた第六天の魔王は、今度は、弟子を退転させ、教団を破壊しようと動きます。

「大魔のつきたる者どもは一人をけうくんしをとしつれば・それをひつかけにして多くの人をせめをとすなり」(1539:上野殿御返事:09)

一人を退転させることで、多くの人を堕としていく。

その意味でも、どこまでも「一人」が大事になります。

付け入る魔を破り「一人」を守ることが、広宣流布を守ることにつながるのです。

金吾の深き覚悟が、天魔の謀略を未然に防ぐことになった。これも大聖人が四条金吾を賞讃された理由の一つと拝せます。

特に「広宣流布の黄金柱」である壮年部の皆様は、大先輩の四条金吾の如く「日蓮が道」を支え、大聖人に誉められる信仰を貫いていく使命がある。

大聖人は、諸御書で、門下の柱である四条金吾に対して「賢人」「聖人」の生き方を貫いていくよう、指導・激励されています。

本抄でも「凡夫のならひ身の上は・はからひがたし、これを・よくよく・しるを賢人・聖人とは申すなり」と仰せです。

自分の身の上がどうなるのか、これがわからないのが凡夫です。

しかし、信心を貫いた凡夫は、胸中から湧現する仏の智慧によって「賢人」「聖人」としての生き方を歩み通すことができます。

戸田先生は、私たちは「久遠の凡夫」ともいうべき存在になることができる、と言われました。

妙法の「信心」には、人間の奥底にある、仏と等しい根源の智慧を引き出す力があるからです。

本文

   一生はゆめの上・明日をごせず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず、

現代語訳

  一生はゆめの上の出来事のように、はかなきものであり、明日の命もわからないのです。いかなる乞食になっても法華経にきずをつけてはなりません。

講義

この一生の中で「永遠の幸福」築く

「一生はゆめの上・明日をごせず」この御文は、私が胸に秘めている一節です。

「永遠の生命」からみれば、一生といえども、一時の夢のようなものです。

しかも、その夢のような、はかない一生においてさえ、明日、我が身がどうなるか分からない。これが凡夫の現実です。この一生における名誉や地位、財産なども幻のようなものです。

しかし、一時の夢のようなこの一生が、永遠の幸福を開くか開かないか、その勝負を決する“一瞬”となる。

今世におけるこのチャンス、永遠に自由自在に生き抜いていける生命を確立するために、妙法の信仰が必要となるのです。

「生命の境涯を変える」このことは、科学でも経済でも政治の次元でも、せきません。生命の境涯を変えることができるのは仏法だけです。その仏法に、私どもは今生でめぐりあえた。ならば、この信仰を断固として貫き通していきなさい。これが大聖人の教えの結論です。

「法華経にきずをつけ給うべからず」

その信心の究極の要諦を、大聖人は四条金吾に教えておられます。

それが「いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず」との一節です。

この一節こそ、信心の精髄を示された御文です。また、多くの学会員が胸に刻んできた御文でもあります。

あえて申し上げるならば、この仰せは、創価学会の信仰の中にしか実現していないと言っても過言ではないと思います。

仏法の価値観から見れば、「法華経に傷をつける」ことこそが、信仰の敗北となってしまうのです。

すなわち、病気であれ、経済苦であれ、置かれた境遇がどんなに苦しくとも、その境遇に負けずに信心を貫けば、法華経に対して傷をつけることにはなりません。

境遇に負けること、自分自身に負けることが、「法華経に傷をつける」ことになるのです。世間の評判を恐れて「臆病」に負けて毀誉褒貶に惑わされて「傲慢」に陥り、何よりも、一番大切な「信心」を見失ってしまうことが結果として「法」を下げることに通じていく。

まさしく“法華経に傷をうけてしまった”忘恩の背信者たちに共通するのは、信心を見失い、地位や財産に固執する姿に陥っていることです。

黒い濁りの生命ゆえに、信仰の魂をなくした、哀れな「精神の敗北者」の姿を露呈している。にもかかわらず、そのことを恥じる心すら失っている。

それが、「無明」の恐ろしさです。「保身」や「慢心」「驕り」は、その「無明」への入り口となってしまうゆえに、厳に戒め合っていきたい。

信仰とは、どこまでも、今世の毀誉褒貶を夢と見おろしながら、永遠の生命のうえから崩れざる宇宙大の境涯を自己自身に開いていくためのものです。

屹立した「精神の王者」をつくるのが、真の宗教の使命です。

「小我」でなく「大我」に立脚を

仏法は「小我」に執られて生きるのではなく「大我」に立脚すること教えたものです。

一般に仏教というと「無常」が強調されています。

確かに、移ろいゆく無常の現象を追いかけ、煩悩に責められる「小我」の生き方が、人生を苦しめることは間違いない。それゆえに、エゴにまみれた「小我」を捨てよ、とも説かれます。

しかし、それは、決して「人生を捨てよ」とか、一切の社会的立場を捨てて「仙人のように生きよ」などと説いているものでは断じてありません。

仏法は、究極的な生命の本質を見極め、無常の現象を包み込む「常住不変の法」に基づく「大我」の生き方を教えたものです。

その「大我」に立脚した生き方とは、「小我」への執着を打ち破り「常住不変の法」と一体の確固たる主体性と生命力で無常の現象に紛動されず、我が生活を正しく方向づけていくことにほかならない。

したがって、「いかなる乞食には・なるとも」とは、“もう、所領はあきらめよ”という意味ではありません。

人生の断面として究極の二者択一に直面せざるをえなかった時は、常に悠然と「大我の道」、すなわち永遠不変の「信仰の道」を選び取りなさいとの仰せであります。

その方向性さえ定まっていれば、現実の社会にあって勝利を目指して前進していくべきであることは当然のことです。

「仏法は勝負」です。

仮に世間上のことでたびたび破れることがあっても「最後の勝をば、仏にぞ祈らむ」との戸田先生の歌のままに、最後まで信心根本に真剣に戦い抜いた人が、必ず、凱歌の人生を勝ち飾れることは、御聖訓に照らし絶対に間違いありません。

たとえ、宿命や障魔の嵐に直面したとしても、断固として、妙法を守り、師弟の道を貫き、創価学会を支え、和合僧を築く人は、その時点で、すでに生命の次元での勝利者です。

「大我」に立脚することによって、一切の困難をはねかえす原動力を得ているからです。その精神次元での真の勝利こそ、必ずや、人生の「最後の勝」を開いていけるのです。

また、そのためにこそ、たゆまざる日常の仏道修行によって、生命を磨き、日々、人間革命を実現していく必然性があるといえます。

鍛え抜かれた生命こそが、いざという時に無明という強敵と戦い、悪の発動を抑える力となるからです。

ともあれ、人生の岐路にあって、いかなる道を選ぶのか。

人間としての向上の道を選ぶのか、あるいは毀誉褒貶に惑わされていくのか、ある意味で人生は常に岐路にあると言ってよい。

ゆえに、人生には、絶えず正しき道を選び取る「揺るがぬ基準」が不可欠となります。

その基準として、四条金吾が選択したように、どこまでも、「師と共に歩む」という一点が重要になります。

人生の十字路に立った時に、師弟不二で前進する人は、絶対に凱歌の道を歩めることは間違いない。師弟に徹した生き方が、人生の勝利の大道を創るのです。また、そのことを教えるのが、日蓮大聖人の師弟の仏法です。

本文

   されば同くは・なげきたるけしきなくて此の状に・かきたるが・ごとく・すこしも・へつらはず振舞仰せあるべし、中中へつらふならば・あしかりなん、設ひ所領をめされ追い出し給うとも十羅刹女の御計いにてぞ・あるらむと・ふかくたのませ給うべし。

  日蓮はながされずして・かまくらにだにも・ありしかば・有りし・いくさに一定打ち殺されなん、此れも又御内にては・あしかりぬべければ釈迦仏の御計いにてや・あるらむ、

現代語訳

  それゆえ、同じ一生であるなら、嘆いた様子を見せないで、この誓状に書かれたように、少しも、へつらわずに振舞い、語っていきなさい。なまじ、へつらうようなことがあれば、かえって悪くなるでしょう。たとえ所領を没収され、追い出されても、それは十羅刹女の御計いであろうと思って、深く信をとり、諸天にゆだねておきなさい。

日蓮が、流罪されないで、鎌倉にいたならば、あの二月騒動の折りに、きっと打ち殺されていたにちがいありません。あなたが、身内を追い出されたことも、主君の身内にいてはならないだろうという釈迦仏の御計らいでしょう。

講義

「信心の眼」「仏法の眼」で見よ!

大聖人が本抄で四条金吾に教えられている生き方は、一貫して「威風堂々と生きよ」という誇りと勇気です。

威風堂々たる生き方の対極は、へつらい、媚びる生き方です。

「へつらい」とは、保身や臆病、うしろめたさから生まれます。

何かに恐れをいだくことは、厳しく言えば、自身の毀誉褒貶という「小我」にとらわれた生き方です。

本抄で繰り返し、主君や奉行人などに、卑屈な「へつらいの振る舞い」を見せてはならないと厳重に戒められているのも、「大我」に生き抜けという指導にほかなりません。

続いて大聖人は、仮に四条金吾が所領を没収され、江間家を追い出されることがあったとしても、それは諸天善神の御計らいであると受け止め、どこまでも信心を根本に捉えていくべきことを教えられています。

大聖人は、御自身の佐渡流罪についても、もし大聖人が流罪されずに鎌倉におられたならば、文永9年(1272)の北条一門の内乱である「二月騒動」の時に、戦乱に乗じてきっと殺されていたに違いないと振り返っておられます。

大聖人がしめされたのは“「信心の眼」「仏法の眼」で見よ!”ということです。

広宣流布の途上で直面する苦難には必ず意味がある。後になれば、分かる時がくる。「不惜身命」で戦うあなたを、諸天善神・仏菩薩が必ず護りにくることを確信していくのだ、と示されているのです。

本抄の後の御文にもありますが、もしこの状況のまま四条金吾が江間家の中にいたならば、同僚たちに命を狙われる危険もありました。

だから、今、江間家を出るようになっても、むしろ諸天の計らいと捉えるべきであると教えられているのです。

「信心の眼」「仏法の眼」から見れば、すべて深い意味があるのです。

目先のことに一喜一憂する必要はありません。

晴れの日もあれば、雨の日もあります。移り変わる天侯に一喜一憂し、環境に紛動されては、本当の環境革命はありません。

大事なことは、どこまでも妙法を信じ、力強い「信行学の軌道」に乗ることです。

「人間革命の軌道」「宿命転換の軌道」に乗ることが、永遠に崩れない福徳と幸福の人生を築くことになるのです。

何があっても、御本尊が厳然と守ってくださる。浅薄な心で信心の世界を推し量るのではなく、一切を悠然と見極めて進んでいくことです。

時が経てば、万事一番良い方向に進んだことが必ず分かります。

いかなる宿命の嵐にも負けずに、三世永遠にわたる「成仏の道」を威風堂々と歩みゆけ!日蓮大聖人の厳愛に包まれて、四条金吾は、この時を大転換として、人生勝利の夜明けを勝ち取っていきます。

本文

   法華経の御事は已前に申しふりぬ、しかれども小事こそ善よりは・をこて候へ、大事になりぬれば必ず大なる・さはぎが大なる幸となるなり、 此の陳状・人ごとに・みるならば彼等がはぢあらわるべし、只一口に申し給へ我とは御内を出て所領をあぐべからず、上より・めされいださむは法華経の御布施・幸と思うべしと・ののしらせ給へ、かへすがへす奉行人に・へつらうけしきなかれ、 此の所領は上より給たるにはあらず、 大事の御所労を法華経の薬をもつて・ たすけまいらせて給て候所領なれば召すならば 御所労こそ又かへり候はむずれ、爾時は頼基に御たいじゃう候とも用ひまいらせ候まじく候とうちあて・にくさうげにて・かへるべし。

  あなかしこ・あなかしこ・御よりあひあるべからず、よるは用心きびしく夜廻の殿原かたらいて用ひ常には・よりあはるべし今度御内をだにも・いだされずば十に九は内のものねらひなむかまへて・きたなきしにすべからず。

現代語訳

  法華経のことについては、これまで申しておいたとおりである。しかしながら、ちいさな事こそ、小さな善事からおこるが、大事になったならば、かれらのあやまりがはっきりわかるであろう。あなたは、ただ一口に申しなさい。「自分から主君の御内を出て所領をさしあげる気持ちはありません。主君から召し上げられ、出すのならばそれは法華経への御布施であり、幸いと思います」といいなさい。

くれぐれも奉行人にへつらうような様子があってはならない。「此の所領は、主君よりいただいたものではない。主君の御病気を法華経の大良薬をもって助け奉って、いただいた所領なのであるから、それを召し上げるならば、また御病気が再発するでしょう。そのときになって頼基に謝罪されても、もはや用いません」と、いいおいて、憎憎しげに帰りなさい。

決して、決して御寄合にいってはならない。夜は用心を厳しくして、夜回りの人々と親しく交わって用い、常日頃互いに寄り合っていきなさい。今度、もし主君の御内を出るようなことがなければ、十に九は御内のものがねらうであろう。決して見苦しい死に方をしては」いけません。

講義

大悪は大善への瑞相

本抄の後半で大聖人は、具体的に金吾がとるべき行動について、御指導されています。

その中で、大聖人が認められた江間氏への金吾の陳状を、近しい門下に清書させ、主君に差し出すよう指示されました。

陳状には、諸宗の誤りを糺し桑ヶ谷問答の真実について記され、さらに極楽寺良観らの魔性の正体についても、鋭くえぐりだされています。

それを主君をはじめ人々が見るならば彼らの悪事が、明瞭に判別できる。

また、このことが鎌倉中に広まれば、執権北条時頼のところへ入る可能性も高い、そうなると、事態は大きく回転し、広宣流布の環境も逆縁から順縁へと一変することも十分ありえます。

大聖人は「大事になりぬれば必ず大なる・さはぎが大なる幸となるなり」と仰せです。

大いなる騒ぎが起きた時に、法華経の変毒為薬の力によって、大悪を大いなる幸いへと転ずることができる。ゆえに、大悪は大善が起こる瑞相となるのです。

したがって大切なことは、何があっても臆させないことです。勇敢に動執生疑を起こしながら、人々の無明を破り、正義と真実を威風堂々と訴え抜いていくことです。

そこに妙法の勝利の方程式があります。

そして本抄の最後に大聖人は、金吾に対して実にこまやかな注意を与えられています。

不用意に寄り合ってはならない。夜は用心を厳しく、警護の人々と親しく交わって味方にしていきなさい、等々。

特に、尊い生命を、不注意のためになくすようなことがあってはならないと厳命されています。

絶対に悪を近づけない、断じて魔を寄せつけない。その毅然たる強さと智慧をもつべきであると教えられているのです。

さて、その後、金吾はどうなったのか。

急転直下、事態は好転します。本抄から2ヵ月後のお手紙である「崇峻天皇御書」には「彼等が柱とたのむ竜象すでにたうれぬ」(1171:05)とあります。

何らかの現証によって、事態は激変していたことが拝されます。

さらには主君が病気になり、四条金吾が懸命な看病をすることで、主君の信頼を取り戻すことができました。

後に、改めて以前の三倍の領地が与えられるまでになります。

「大なる・さはぎが大なる幸いとなる」との仰せが、現実となったのです。

「法華経にきずをつけ給うべからず」という、「法根本の信心」「身軽法重、不惜身命の信心」が自身の人生を荘厳していくことは間違いありません。

不惜身命の信心には、一切、無駄も犠牲も後悔もありません。

戸田先生は、こう指導されたことがあります。

「この地球上で、戦争は人を殺し合う、経済は弱肉強食の世界で、人を幸福にするとはかぎらない。本来は人を救う指導者が、反対に人を見くだし、利用している輩も多い。

その他、政治も科学も宗教も。とにかく人間の業というか、社会は複雑で、すべてが矛盾だらけである。どこにも万人の幸福への根本の道はない。

その中で、大聖人の仏法だけは、人間の根本的な宿命転換の方途を示している。常楽我浄と、永遠の所願満足の軌道を教えてくださっている。これ以上の究極の人生の道はない。

だから信心だけは命をかけてやって悔いがないのだ」

私は、この先生の指導通りに、命をかけて、身を惜しまず、広宣流布の道を開き、人類の宿命転換の大道を進んできました。

戸田先生の不二の弟子として、妙法の革命児として、ゆえに一点の悔いもありません。「われわれはいったい何をなすべきなのか」先生のもとで学んだ革命小説『永遠の都』の中で、主人公のロッシィは宣言しました。

「人間としてのわれわれの義務とは、民衆の進む道に横たわるあらゆる障害を取り除くことでもあります。」

さらにまた、彼は叫んだ。

「民衆のために一身をささげよう。自分と、人の世のために尽くすとう仕事とのあいだには、たとえどんなことであれ割り込んでいく余地はない。」。

私たちも、広宣流布という、永遠の「平和の都」「勝利の都」の建設へ、威風堂々と晴れやかに次の新たな戦いの出発にしていきたい。

「創価学会には信心がある、何も恐れる必要がないではないか!」

この戸田先生の不滅の師子吼を、日本、そして世界の21世紀の青年指導者に贈ります。

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