曽谷二郎入道殿御返事 第二章(「入阿鼻獄」の相を示す)
弘安4年(ʼ81)閏7月1日 60歳 曽谷教信
日蓮
入阿鼻獄とは涅槃経第十九に云く「仮使い一人独り是の獄に堕ち其の身長大にして八万由延なり其の中間に徧満して空しき処無し、其の身周匝して種種の苦を受く設い多人有つて身亦徧満すとも相い妨碍せず」同三十六に云く「沈没して阿鼻地獄に在つて受くる所の身形・縦広八万四千由旬ならん」等云云、普賢経に云く「方等経を謗ずる是の大悪報悪道に堕つべきこと暴雨にも過ぎ必定して当に阿鼻地獄に堕つべし」等とは阿鼻獄に入る文なり。
日蓮云く夫れ日本国は道は七・国は六十八箇国・郡は六百四・郷は一万余・長さは三千五百八十七里・人数は四十五億八万九千六百五十九人・或は云く四十九億九万四千八百二十八人なり、寺は一万一千三十七所・社は三千一百三十二社なり、今法華経の入阿鼻獄とは此れ等の人人を指すなり、
現代語訳
また「阿鼻獄に入らん」ということについては、涅槃経第十九に「仮使い一人独り是の獄に堕ち、其の身長大にして八万由延なり。その中間にヘン満して空しき所無し。其の身周匝して種種の苦を受く。設い多人有つて身亦ヘン満すとも相い妨碍せず」と説かれている。同じ三十六には「沈没して阿鼻地獄に在つて受くる所の身形・縦広八万四千由旬ならん」等と説かれている。仏説普賢菩薩行法経には「方等経を謗し、十悪業を具せらん。是の大悪報応に悪道に堕つべきこと暴雨にも過ぎん。必定して当に阿鼻地獄に堕つべし」等と説かれているのは阿鼻獄に入らん」の文のことである。
日蓮がいうのには、日本国というのは道は七道、国は六十八ヵ国、郡は六百四、郷は一万余であり、長さは三千五百八十七里あり人口は四百五十八万九千六百五十九人・あるいは四百十九万四千八百二十八人である。寺院は一万一千三十七所・社は三千一百三十二社である。いま法華経にとかれている「阿鼻獄に入らん」というのはこれらの人々をさすのである。
語句の解説
涅槃経
釈尊が跋提河のほとり、沙羅双樹の下で、涅槃に先立つ一日一夜に説いた教え。大般涅槃経ともいう。①小乗に東晋・法顯訳「大般涅槃経」2巻。②大乗に北涼・曇無識三蔵訳「北本」40巻。③栄・慧厳・慧観等が法顯の訳を対象し北本を修訂した「南本」36巻。「秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」とみずからの位置を示し、法華経が真実なることを重ねて述べた経典である。
由延
由旬のこと。サンスクリット名ヨージャナ(yojana)は、古代インドにおける長さの単位。古代インドでは度量衡が統一されておらず、厳密に「1ヨージャナは何メートル」とは定義出来ないが、一般的には約11.3kmから14.5km前後とされる。また、仏教の由旬はヒンドゥー教のヨージャナの半分とも言われ、倶舎論の記述などでは普通1由旬を約7kmと解釈する。古来より様々な定義がなされており、例えば天文学書『アールヤバティーヤ』(Aryabhatiya)では「人間の背丈の8000倍」となっている。他にも「帝王の行軍の1日分」「牛の鳴き声が聞こえる最も遠い距離の8倍」など様々な表現がなされている。また、「32000ハスタ」とする定義もある。ハスタ(hasta)とは本来「手」の意味だが、古代インドの長さの単位でもあり、この場合は「肘から中指の先までの長さ」(キュビット)と定義される。以下倍量単位が続き、4ハスタが1ダンダ(daNDa)、2000ダンダが1クローシャ(kroza)、2クローシャが1ガヴューティ(gavyuuti)、そして2ガヴューティが1ヨージャナとなる。仮に1ハスタを45cmとすると、1ヨージャナは14.4kmとなる。一方、仏教では1倶盧舎(クローシャ)が1000ダンダ(4000ハスタ)、そして4倶盧舎が1由旬とされているので、1由旬は7.2kmとなる。由旬を使ってその大きさが示されているものとしては、須弥山の高さ8万由旬などがある。
周匝
まわりめぐること。
普賢経
曇摩蜜多訳。0441年までに完成。法華経の結経とされる。普賢菩薩を観ずる方法と、六根の罪を懺悔する方法などを述べたもの。観普賢菩薩行法経。普賢観経。
国は六十八箇国
北海道除く日本全土を68か国に分割して数えたもの。畿内五か国(山城・大和・河内・和泉・摂津)、東山道八か国(近江・美濃・飛騨・信濃・上野・下野・陸奥・出羽)、東海道15か国(伊賀・伊勢・志摩・尾張・三河・遠江・駿河・伊豆・甲斐・相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸)、北陸道7か国(若狭・越前・加賀・能登・越中・越後・佐渡)、山陽道8か国(播磨・美作・備前・備中・備後・安芸・周防・長門)、山陰道8か国(丹波・丹後・但馬・因幡・伯耆・出雲・石見・隠岐)、南海道6か国(紀伊・淡路・阿波・讃岐・伊予・土佐)、西海道9か国(筑前・筑後・豊前・豊後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩)壱岐・対馬である。
講義