三世諸仏総勘文教相廃立(総勘文抄) 第十五章(久遠本覚から一切経を施設)

三世諸仏総勘文教相廃立(総勘文抄) 第十五章(久遠本覚から一切経を施設)

 弘安2年(ʼ79)10月 58歳

釈迦如来・五百塵点劫の当初・凡夫にて御坐せし時我が身は地水火風空なりと知しめして即座に悟を開き給いき、後に化他の為に世世・番番に出世・成道し在在・処処に八相作仏し王宮に誕生し樹下に成道して始めて仏に成る様を衆生に見知らしめ四十余年に方便教を儲け衆生を誘引す、其の後方便の諸の経教を捨てて正直の妙法蓮華経の五智の如来の種子の理を説き顕して其の中に四十二年の方便の諸経を丸かし納れて一仏乗と丸じ人一の法と名く一人が上の法なり、多人の綺えざる正しき文書を造つて慥かな御判の印あり三世諸仏の手継ぎの文書を釈迦仏より相伝せられし時に三千三百万億那由佗の国土の上の虚空の中に満ち塞がれる若干の菩薩達の頂を摩で尽して時を指して末法近来の我等衆生の為に慥かに此の由を説き聞かせて仏の譲状を以て末代の衆生に慥かに授与す可しと慇懃に三度まで同じ御語に説き給いしかば若干の菩薩達・各数を尽して躳を曲げ頭を低れ三度まで同じ言に各我も劣らじと事請を申し給いしかば仏・心安く思食して本覚の都に還えり給う、三世の諸仏の説法の儀式・作法には只同じ御言に時を指したる末代の譲状なれば只一向に後五百歳を指して此の妙法蓮華経を以て成仏す可き時なりと譲状の面に載せられたる手継ぎ証文なり。

現代語訳

釈迦如来は五百塵点劫の当初、凡夫であったとき、我が身はすなわち地水火風空の五大であって本有常住の当体であるとお知りになって、即座に悟りを開かれた。

後に、衆生を教化するために、幾世も幾世も繰り返し繰り返し世に現れて成道し、いたるところにおいて仏としての八種の相を示した。今日においては、王宮に誕生し、菩提樹下で成道して、はじめて仏になるさまを衆生に見知らしめ、それから四十余年の間、方便の教えを設けて衆生を誘引した。

その後、方便の諸の経教を捨てて、正直の法であり、五智の如来の種子である妙法蓮華経の理を説きあらわして、そのなかに四十二年の間の方便の諸経を丸め入れて、一仏乗とし、人一の法と名づけた。釈尊自身の悟りを明かした法である。

この妙法蓮華経は、釈尊が多くの人が異論をさしはさむことのできない正しき文書としてつくられたものであり、仏の実印がたしかに捺されているのである。

三世の諸仏の手継ぎの文書を釈迦仏から相伝されたときに、釈迦仏は三千三百万億那由佗の国土の上の虚空に充満している多数の菩薩達の頭を摩でて、時を指定して、末法今時の我ら衆生のためにこの妙法をたしかに説き聞かせ、仏の譲り状をもって、末代の衆生にたしかに授与しなさいと、丁寧に三度まで同じ言葉で仰せられた。そのときに多くの菩薩達は一人も残らず、身を曲げ頭を下げて、三度まで同じ言葉で我劣らじと仏に誓ったので、仏は安心されて本覚の都に遷られたのである。

三世の諸仏の説法の儀式・作法と同じ言葉をもって行われた、末代のための譲り状であるから、ただ一向に後の五百歳をさして、この妙法蓮華経をもって成仏すべき時であると、譲り状の文の面に書き記された、三世の諸仏の手継ぎの証文である。

語句の解説

五百塵点劫の当初

久遠元初のこと。「五百塵点劫」を久遠、「当初」をそれ以前にとり、元初のこと。法華経如来寿量品第十六には「我実成仏已来(我れは実に成仏してより已来)」と釈尊が久遠五百塵点劫に成道したことを説くが、それとともに成道以前に「我本行菩薩道(我れは本と菩薩の道を行じて」と仏道修行したことを明かしている。すなわち、釈尊の成道の本因には修行するにあたり信受した時がある。それが久遠元初である。

 

八相作仏

時に応じた仏が結縁の深い衆生を救うために世に出現し、成道(作仏)を中心として、一生の間に示す八種の相のこと。八相成道、八相示現ともいう。釈尊の八相は、①下天(降都率)。兜率天から五事(機・国・種姓・父・母)を観じてこの世に降下すること。②託胎(入胎)。仏母(摩耶夫人)の胎内に宿ること。③出胎(降誕)。仏母の右脇から出世し、七歩あるいて手を上げ「天上天下唯我独尊」と言ったこと。④出家。十九歳で世の無常を観じて王宮を離れ、尼連禅河の辺に来て修行したこと。⑤降魔。菩提樹の下で悟りを開こうとした時、魔王がたびたびやって来て邪魔したが、これを打ち破ったこと。⑥成道。魔を降伏させて大光明を放ち、明星の出る時、大悟し無上道を得たこと。⑦転法輪。成道以後五十年にわたって一代五時の説法を行い、衆生を教化したこと。⑧入涅槃(入滅)。八十歳で一代の説法を終え、方便涅槃の相を現じたこと。

 

本覚の都に還えり

釈尊の入滅のことをいう。「都」とは天子が常に住む場所であり、「本覚の都」は仏の住む寂光土をたとえている。

講義

妙法蓮華経が久遠元初において仏が覚知された根源の法であり、しかも、それ以来、世々番々の仏の化導の究極でもあることを述べられている。

更に、それがまさに釈尊滅後の後五百歳、末法の一切衆生の成仏のために譲られた大法であることを述べられている。

「釈迦如来・五百塵点劫の当初・凡夫にて御坐せし時我が身は地水火風空なりと知しめして即座に悟を開き給いき」とは、久遠元初における仏の真実究極の悟りも、凡夫の我が身が五大にほかならないことが示されている。

そして、続く「後に化他の為に世世・番番に出世・成道し在在・処処に八相作仏し」の御文は、中間の化導を示されている。

「王宮に誕生し樹下に成道して始めて仏に成る様を衆生に見知らしめ四十余年に方便教を儲け衆生を誘引す」では、今日インドにおける化導のうち、爾前権教を説いた意義を示されている。

更に「其の後方便の諸の経教を捨てて正直の妙法蓮華経の五智の如来の種子の理を説き顕して其の中に四十二年の方便の諸経を丸かし納れて一仏乗と丸し人一の法と名く一人が上の法なり、多人の綺えざる正しき文書を造つて慥かな御判の印あり」と説いて、法華真実の意義を明らかにされている。

しかも、この「正直の妙法蓮華経の五智の如来の種子」こそ、末法弘通のために付嘱された法体であることを、法華経嘱累品の摩頂付嘱の儀式を取り上げて「三世の諸仏の説法の儀式・作法には只同じ御言に時を指したる末代の譲状なれば只一向に後五百歳を指して此の妙法蓮華経を以て成仏す可き時なりと譲状の面に載せられたる手継ぎ証文なり」と仰せられている。

 

釈迦如来・五百塵点劫の当初・凡夫にて御坐せし時……人一の法と名く一人が上の法なり

 

この御文は、久遠元初における証得を明かされた、本抄でも最も重要な一節といえよう。

「五百塵点劫の当初」ということについて、日寛上人は当流行事抄のなかにおいて「五百塵点は即ち是れ久遠なり。当初の二字豈元初に非ずや」と述べられ、「五百塵点劫の当初」とは、久遠元初をさしていることを教示されている。

さて、「五百塵点」すなわち久遠とは、法華経如来寿量品第十六で「我れは実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由陀劫なり」と明かされているが釈尊の久遠の成道、そして、この成道以前に行った本因の修行については「我れは本と菩薩の道を行じて」とのみ説いている。すなわち、釈尊がいかなる法を行じたかは示されていない。

これを大聖人は本抄で、「凡夫にて御坐せし時我が身は地水火風空なりと知しめして即座に悟を開き給いき」と仰せられている。

日寛上人は同じく当流行事抄のなかで「今我が身地水火風空と知ると云う、即ち一切の法は皆是れ仏法なりと知ると同じ。謂く、一切の法の外に我が身無く、我が身の外に一切の法無し、故に我が身全く一切の法なり。地水火風空は即ち妙法五字なり。妙法五字の外に仏法無し、故に五大全く皆是れ仏法なり……然れば即ち釈尊名字凡夫の御時、一切の法は皆是れ仏法なり、我が身の五大は妙法の五字なりと知ろしめし、速やかに自受用報身を成ず、故に即座開悟と云うなり」と述べられている。

「地水火風空」が妙法蓮華経にほかならないことは、本抄前段で「五行とは地水火風空なり五大種とも五薀とも五戒とも五常とも五方とも五智とも五時とも云う、只一物・経経の異説なり内典・外典・名目の異名なり、今経に之を開して一切衆生の心中の五仏性・五智の如来の種子と説けり是則ち妙法蓮華経の五字なり」との御文からも明らかである。

すなわち我が身が妙法蓮華経であり、それは宇宙森羅万象と一体であると悟られたのが久遠元初の自受用身であられたのである。

続いて「後に化他の為に世世・番番に出世・成道し在在・処処に八相作仏し王宮に誕生し樹下に成道して始めて仏に成る様を衆生に見知らしめ四十余年に方便教を儲け衆生を誘引す……」の御文については、日寛上人は、同抄で、久遠元初の自受用身が垂迹化他して、衆生を救う姿を説かれたものである、と釈されている。

すなわち「機縁已に熟して仏の出世を感ず。故に久遠元初の本より本果第一番の迹を垂れ、五時に経歴して開化引導す……第二番の後、今日已前世々番々にして之を調熟す……而るに後、体内寿量に至りて、皆悉く久遠元初の下種の法華に帰会し、名字妙覚の極意に至らしむ」と。

本果第一番とは、五百塵点劫における釈尊の成道のことであり、これ自体、実は久遠元初の自受用身である本仏の垂迹の姿であることをあらわしている。

したがって、それ以後(中間)に出現した諸仏も、更には、インドに出世して「王宮に誕生し樹下に成道して始めて仏に成」った釈尊も、すべて久遠元初の自受用身が衆生を化導(化他)するために垂迹した姿であったのである。

このようにして衆生の機根を調熟し、方便教を開会して一仏乗の法を説き、最後は久遠元初の名字の妙法を悟らしめて成仏させたのである。

 

三世の諸仏の説法の儀式……手継ぎ証文なり

 

法華経における神力嘱累の付嘱が三世諸仏の共通の儀式をもって行われたことと、それが末法の衆生を成仏せしめる妙法蓮華経の大法を託すためであったことを述べられている。

先の文に説かれていた「正直の妙法蓮華経の五智の如来の種子の理」こそ、あらゆる衆生の成仏を可能とする〝一仏乗〟の法体であり、末法弘通のために法華経において付嘱された法がまさに、この妙法だったのである。

すでに、釈尊の仏法が〝白法隠没〟して功力を失った末法には、観心本尊抄に「一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う」(0254:18)と仰せのように、三大秘法の妙法のみが一切衆生を救う大法である。

「只一向に後五百歳を指して此の妙法蓮華経を以て成仏す可き時なりと譲状の面に載せられたる手継ぎ証文なり」との仰せは、日蓮大聖人こそ末法の衆生を成仏させる大白法を弘める御本仏であられることを示唆されていると拝される。

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