下山御消息（第九段第一）

しかれども、公家も叡山も共にこの故としらずして世静かならずすぐるほどに、災難次第に増長して、人王八十二代隠岐法皇の御宇に至って、一災起これば二災起こると申して、禅宗・念仏宗起こり合いぬ。善導房は、法華経は末代には「千の中に一りも無し」とかき、法然は「捨閉閣抛」と云々。禅宗は、法華経を失わんがために、「教外に別伝し、文字を立てず」とののしる。この三つの大悪法、鼻を並べて一国に出現せしが故に、この国すでに梵釈二天・日月・四王に捨てられ奉り、守護の善神も還って大怨敵とならせ給う。しかれば、相伝の所従に責め随えられて、主上・上皇共に夷島に放たれ給い、御返りなくしてむなしき島の塵となり給う。

現代語訳

しかしながら公家も比叡山も共にこれらの災いが法華経を捨てて大日経を立てたためであるということを知らなかったので、世の中は世静にならないままに時が過ぎてゆくにつれて災難は次第に増大し、人王八十二代の後鳥羽院上皇の時代に至って一災起これば二災起こるというように禅宗・念仏宗が相次いで起こったのです。

善導房は法華経によって成仏する者は末代においては「千中無一」であると書き、法然は法華経を「捨てよ、閉じよ、閣け、抛て」と言い、また禅宗は法華経を排するために「教外別伝・不立文字」と主張したのです。これらの三つの大悪法が鼻を並べて一国に出現したために、この国は既に「梵天・帝釈・二天・日天・月天・四天王に捨てられて、国を守護する善神も逆に大怨敵となられたのです。その故に代々・臣下として仕えてきた者に責め従えられて、天皇・上皇共に未開の島に流され、その後帰還されることもなくむなしく島の塵となられたのです。

講義

真言の悪法を野放しにしたので世の中は平静とならないまま災難は次第に増長し、しかも後鳥羽院上皇の時代になると、禅宗・念仏宗の邪宗が起こってきました。その故に守護の善神はかえって国を滅ぼす怨敵となり、日本国に前代未聞の下剋上が出現したのです。いわゆる「承久の乱」がそれです。「承久の乱」で朝廷方は惨敗を喫したのみでなく、3人の上皇が北条氏によって流罪に処せられました。これは朝廷の権威の失墜を象徴するもので、まさに王法の滅亡を意味したのです。

法然が専修念仏の一宗を開いたのは、平安時代末の安元元年（西暦1175年）のことです。当時は清盛の存命中で平氏が全盛を誇っていた時でしたが、清盛が治承5年（西暦1181年）に死去した後、平氏の勢力は急速に衰え、元暦2年（西暦1185年）壇ノ浦の合戦で破れて滅亡しました。

法然は、中国浄土宗の第三祖善導の観経疏を読むに及んで積年の疑問が解消したとして、「われは偏に善導の教えによって浄土宗を立つ」と宣言して日本浄土宗を開いたのです。

善導の観経疏巻第四によれば、浄土宗の実践行には正行と雑行の二種があり、このうち正行とは「専ら往生経に依って行を行ずる者」で、観経・阿弥陀経・無量寿経の浄土の三部経をよりどころとしています。これに、読誦正行・観察正行・礼拝正行・称名正行・讃歎供養正行の五つがあります。そして一心に専ら阿弥陀仏を礼し、口に弥陀の名を称することを正定業としています。この五つの修行以外のすべてを雑行と位置づけています。

さらに善導は往生礼讃偈において、意を専らにして正行を修するものは一人ももれずに極楽世界へ往生し、雑行を修して至心ならざる者は千人の中に一人も往生できないと説いています。法然はこれらの善導の文を引いて選択集において「凡そ此の集の中に聖道・浄土の二門を立つる意は、聖道を捨てて、浄土に入らしめんが為なり」「弥須らく雑を捨てて専を修すべし、豈百即百生の専修正行を捨てて、堅く千中無一の雑修雑行を執せんや。行者能く之を思量せよ」と、専修正行以外の修行をすべて「捨てよ」と述べたのです。

また、末法の時代においては念仏のみが易きが故に一切に通じて機と時にかなっているとし、諸行は難きが故に機にあたらず時を失っていると説き「随他の前には、暫く定散の門を開くと雖も、随自の後には、還って定散の門を閉ず。一たび開きて以後、永く閉じざるは、唯是れ念仏の一門なり」と記しています。「定散の門」とは、安心に住して修する善行である定善と散心で行ずる善行の散善の法門のことで、これら定散の二善は釈尊が一機一類のために説いた随他意の教えであり、末法の衆生のためにはこれらの法門は閉じられ、ただ念仏の一門のみ随自意の法門として開かれているとしています。

そして最後に「夫れ速やかに生死を離れんと欲せば、二種の勝法の中には、且く聖道門を閣きて、選んで浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲せば、正雑二行の中には、且く諸の雑行を抛ちて、選んで正行に帰すべし」と締めくくっています。大聖人は、法然の「選択集」におけるこうした主張を法華誹謗の堕地獄の邪義であると指摘されています。

なぜならば、こうした法然の義は、釈尊が自ら法華経方便品第二において、「正直に方便を捨てて但無上道を説く」と説いた教えを否定したものであり、法華経をも含めて捨てよ、閉じよと主張することは、譬喩品第三に「若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん…其の人命終して、阿鼻獄に入らん」とあるように、無間地獄に堕ちる悪業にほかならないからです。

禅宗は、6世紀の初めにインドの僧・菩提達磨によって中国に伝えられ、日本には孝徳天皇の白雉年間、道昭が入唐し、帰国後、元興寺に禅院を建てたのが最初とされますが、一宗を成すには至りませんでした。禅宗が日本で一宗として成立したのは大日能忍が文治5年（西暦1189年）に弟子を栄へ送って育王山の拙庵徳光の認可を得ることによってです。その後、栄西が入栄し臨済禅を伝えてから急速に興隆しました。

栄西は建久2年（西暦1191年）に栄より帰国すると、まず九州の地で禅宗の弘通に努めましたが、他宗からの圧迫があったため、正治元年（西暦1199年）鎌倉に下り、翌年には北条政子の本願によって寿福寺を創建し、その開山となりました。さらに、建仁2年（西暦1202年）には将軍頼家の帰依を受けて京都に建仁寺を建てました。

さらに、栄西の没後、寛元4年（西暦1246年）に北条時頼の招聘によって栄より蘭渓道隆が来日し、大聖人が立教開宗された建長5年（西暦1253年）に建長寺の開山となりました。その後、文永2年（西暦1265年）には京都に上り、建仁寺に住して、宮中で禅を説いたといいます。同5年（西暦1268年）頃鎌倉に戻り、禅光寺を開きました。

また、大聖人が「開目抄」において良観と並んで僭聖増上慢とされる聖一国師も禅宗を弘めた一人であり、藤原道家の帰依を受けて京都に入り、建長7年（西暦1255年）道家建立の東福寺の開山となっています。円爾はさらに建仁寺と鎌倉の寿福寺の住職を兼ねるなど、時頼の庇護のもとで禅宗の興隆を図りました。このように、禅宗は大聖人当時にあって幕府・宮廷に大きな勢力を得ていたのです。

禅宗では、他の諸宗が釈尊の説いた教えに基づいた「教宗」であるのに対して、禅宗は文字では表すことのできない仏の悟りに基づく「仏心宗」であるとして「教外別伝・不立文字」なる教義を立てました。すなわち、仏の悟りは経文によって表されず、経文とは別に伝えたと主張しているのです。

これは、釈尊自ら「最第一」と説いた法華経を排除しようとして立てたものです。ゆえに大聖人は本抄で「法華経を失はんがために教外別伝・不立文字とののしる」と仰せられているのです。「蓮盛抄」では「若し仏の所説に順わざる者有らば当に知るべし是の人は是れ魔の眷属なり」（御書全集152頁18行目）との涅槃経の文を引かれ、禅天魔の所以を明かされています。

こうして、真言宗に続いて禅宗・念仏宗の悪法がはびこってきたために、日本の国は梵天・帝釈等の諸天に捨てられて、国を守護すべき諸天善神がかえって怨敵となってしまったがゆえに、「承久の乱」で後鳥羽上皇をはじめとする三上皇が臣下である北条義時に破れて遠島に流されるという「天下第一・先代未聞の下剋上」が起きたのだと指摘されているのです。