所詮仏法の権実沙汰の真偽・淵底を究めて御尋ね有り且は誠諦の金言に任せ且は式条の明文に准じ禁遏を加えられば守護の善神は変を消し擁護の諸天は咲を含まん、然れば則ち不善悪行の院主代・行智を改易せられ将た又本主此の重科を脱れ難からん何ぞ実相寺に例如せん、誤まらざるの道理に任せて日秀・日弁等は安堵の御成敗を蒙むり堂舎を修理せしめ天長地久御祈禱の忠勤を抽んでんと欲す、仍て状を勒し披陳言上件の如し。
弘安二年十月 日 沙門 日秀日弁等上
現代語訳
所詮、仏法の権実の問題といい、行智が命令したということの真偽といい、徹底して調べさせ、仏の金言を根本として、御成敗式目の条文をよりどころに、正邪を明確にされるならば、日本国を守護する善神は災難を消しとどめ、正法を擁護する諸天は笑みを含んでよろこばれることであろう。従って、不善の悪業を行う院主代の行智を罷免されないならば、本主もこの重い罪を免れることはないであろう。岩本実相寺とは同一に扱うことはできない。正しい道理に基づいて日秀・日弁等は、住房を保障する御処置を受け、寺院の建物を修理させ、世の平和を祈る忠誠を尽くしたいと願っている。よってこの状を刻みにつけて御覧に入れるのである。右、申し上げる。
弘安二年十月 日 沙門 日秀日弁等上
語句の解説
権実
権は「かり」の意で方便をあらわし、実は「真実義」の意。機に応じて一時的に説く法を権とし、究極不変の真実の法を実という。
淵底
物事の奥義、奥底、真意。
誠諦の金言
永遠に変わらない事実・心理・誠。仏の金言。
式条
御成敗式目のこと。鎌倉時代に、源頼朝以来の先例や、道理と呼ばれた武家社会での慣習や道徳をもとに制定された、武士政権のための法令(式目)である。貞永元年8月10日(1232年8月27日:『吾妻鏡』)に制定されたため、貞永式目ともいう。ただし、貞永式目という名称は後世になって付けられた呼称であり、御成敗式目と称する方が正式である。また、関東御成敗式目、関東武家式目などの異称もある。
禁遏
とどめてやめさせること。
変を消し
変事を消し去ること。すなわち三災七難を消し去ることで、諸天善神が守護の役目を果たすことを意味する。
擁護
擁え護ること。
重科
①重い罪②重い刑罰。
実相寺
静岡県富士市岩本にある、日蓮宗の本山(霊蹟寺院)。山号は岩本山。日蓮大聖人が立正安国論の草稿のために一切経を閲覧している。
成敗
①処罰すること。②裁定すること。③処置すること。
忠勤
まごころをこめて、つとめること。
披陳言上
思うことを隠さず述べること。
沙門
梵語(śramana)勤足と訳す。勤とはつとめる、励む、息とはとどめる、禁止すること。善を勤め悪を息めること。出家して仏門に入り、道を修める人。僧侶・桑門・出家と同意。
講義
この段は、この申状全体の結びとなっていると拝される。要するに、これまで述べてこられた仏法の権実の問題にせよ、行智の振る舞いや日秀らへの処分の問題にせよ、徹底して真相を突き詰め、仏法の問題に関しては仏の金言により、国法の問題に関しては、式条の明文に照らして、厳正・公平に対処されたことが肝要であると、幕府当局に対し、求めている。
そして、悪行を重ねている行智を改易せられるべきであって、さもなければ彼の悪行の罪は、この人物を院主代に任命した「本主」にも及ぶことになると指摘し、最後に誤りのない判定を下されて、自分たちの身分、立場が正しく保証されるならば、今後とも滝泉寺の荒廃した堂舎の修理、仏法の興隆のために努力していきたいと、日秀・日弁の立場で抱負を述べて結ばれている。