上野殿御返事(日若御前誕生の事)

 女子は門をひらく、男子は家をつぐ。日本国を知っても、子なくば誰にかつがすべき。財を大千にみてても、子なくば誰にかゆずるべき。されば、外典三千余巻には、子ある人を長者という。内典五千余巻には、子なき人を貧人という。
 女子一人、男子一人。たとえば、天には日月のごとし、地には東西にかたどれり。鳥の二つのはね、車の二つのわなり。されば、この男子をば日若御前と申させ給え。くわしくは、またまた申すべし。
  弘安三年八月二十六日    日蓮 花押
 上野殿御返事

 

現代語訳

女子は家門を開き、男子は家を継ぐものである。日本国を治める身となっても子がなければだれに継がせたらいいか。財宝を三千大千世界に満ちるほど得ることができても子がなければだれに譲ることができようか。それゆえに、外典三千余巻には子のある人を長者といい、内典五千余巻には子のない人を貧人と説かれている。

女子一人、男子一人の子持ちである。たとえば天に日月、地には東西があるように、また鳥に二つの羽、車に両輪があるようなものである。そこで、この男子を日若御前と呼ばれるがよい。詳しくはまた申し上げる。

弘安三年八月二十六日        日 蓮  花 押

上野殿御返事

語句の解説

大千

大千世界とも三千大千世界ともいう。古代インドの世界観の一つ。倶舎論巻十一、雑阿含経巻十六等によると、日月や須弥山を中心として四大州を含む九山八海、および欲界と色界の初禅天とを合わせて小世界という。この小世界を千倍したものを小千世界、小千世界の千倍を中千世界、中千世界の千倍を大千世界とする。小千、中千、大千の三種の世界からなるので三千世界または三千大千世界という。この一つの三千世界が一仏の教化する範囲とされ、これを一仏国とみなす。

 

外典三千余巻

「外典」は仏教以外の経典のこと。「三千」は中国の儒家と道家の書が合わせて三千余巻あることをいう。

 

内典五千余巻

内典とは仏教経典のこと。開元釈教録によれば、5048巻に収められているところから、こう呼ばれる。

 

日若御前

南条時光の長男・左衛門太郎のことと思われるが、未詳。

講義

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