三論宗も、分明ならざる証文をもって立てたりしかば、盲目の衆生に値って誑惑せしかども、明眼の智者に値って邪義顕れぬ。これ即ち「根露るれば枝枯れ、源乾けば流れ竭く」、自然の道理なり。念仏宗・禅宗と真言とは、その根本、謬誤を本とし、誑惑を源とせり。その根源顕れなば、たとい日蓮はいやしくとも、天のはからい、大法流布の時来るならば、彼の悪法やぶれてこの真実の法立つこと疑いなかるべし。
すでにこの悪法消えんとするは、汝、知るやいなや。日蓮をいやしみて、さんざんとするほどに、するほどに。
現代語訳
三論宗も明らかでない証文をもって宗旨を立てているので、盲目の衆生にあっては誑惑したけれども、明らかな眼をもった智者に値っては、邪義が顕れたのである。これはすなわち根が露れると枝は枯れ、源が乾けば流れがつきるとうい自然の道理である。念仏宗・禅宗・真言宗とは、その根本は謬りを本とし誑惑を源としている。その根源が顕れるならば、たとえ日蓮は卑しいみであっても、天の計らいで大法の流布する時がくるならば、彼の悪法は破れて、この真実の法が確立されることは疑いないであろう。
既にこの悪法が消えようとしていることを、あなたは知っているかどうか。日蓮をいやしんで、さんざんに迫害するうちに\/。
語句の解説
三論宗
竜樹の中論、十二門論と提婆の百論の三つの論を所依とする宗派。鳩摩羅什が三論を漢訳して以来、羅什の弟子達に受け継がれ、隋代に嘉祥寺の吉蔵によって大成された。大乗の空理によって、自我を実有とする外道、法を実有とする小乗を破し、さらに成実の偏空をも破している。究極の教旨として八不をもって諸宗の偏見を打破することが中道の真理をあらわす道であるという八不中道を唱えた。日本には推古天皇33年(0572)1月1日、高句麗僧・慧灌が伝えた。現在は東大寺に伝わるのみである。
根露るれば枝枯れ源乾けば流れ竭く
淮南子巻17にある文。「其の源を塞げば竭き、其の本を背せば枯る」とある。摩訶止観巻4上にも「根露るれば篠枯れ、源乾けば流れ竭く」とある。
念仏宗
阿弥陀仏の本願を信じ、その名号を称えることによって阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを期す宗派。中国では、東晋代に慧遠を中心とする念仏結社の白蓮社が創設された。白蓮社は、念仏三昧を修して阿弥陀仏を礼拝したが、これが中国浄土教の始まりとされる。南北朝時代に、曇鸞がインドから来た訳経僧の菩提流支から観無量寿経を受けて浄土教に帰依し、その後、道綽、善導らに受け継がれて浄土念仏の思想が大成された。日本では法然が選択集を著して、仏教には聖道浄土の二門があり、時機相応の教えは浄土門であるとして浄土宗の宗名を立てた。そして、正依の経論を無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経と往生論の三経一論として開宗した。
禅宗
禅定観法によって開悟に至ろうとする宗派。菩提達磨を初祖とするので達磨宗ともいう。仏法の真髄は教理の追及ではなく、坐禅入定の修行によって自ら体得するものであるとして、教外別伝・不立文字・直指人心・見性成仏などの義を説く。この法は釈尊が迦葉一人に付嘱し、阿難、商那和修を経て達磨に至ったとする。日本では大日能忍が始め、鎌倉時代初期に栄西が入宋し、中国禅宗五家のうちの臨済宗を伝え、次に道元が曹洞宗を伝えた。
真言
真言宗の事。三摩地宗・陀羅尼宗・秘密宗・曼荼羅宗・瑜伽宗等ともいう。空海が中国の真言密教を日本に伝え、一宗として開いた宗派。詳しくは真言陀羅尼宗という。大日如来を教主とし、金剛薩埵・竜猛・竜智・金剛智・不空・恵果・弘法と相承したので、これを付法の八祖とし、大日・金剛薩埵を除き善無畏・一行の二師を加えて伝持の八祖と名づける。大日経・金剛頂経を所依の経として、これを両部大経と称する。そのほか多くの経軌・論釈がある。顕密二教判を立て自らの教えを大日法身が自受法楽のために示した真実の秘法である密教とし、他宗の教えを応身の釈迦が衆生の機根に応じてあらわに説いた顕教と下している。なそ、弘法所伝の密教を東密というのに対して、天台宗の慈覚・智証によって伝えられた密教を台密という。