一定証伏御書

 一定と証伏せられ候いしかば、その後の智人かずをしらず候えども、今に四百歳が間さて候なり。かるがゆえに、今に日本国の寺々一万余、三千余の社々、四十九億九万四千八百二十八人の一切衆生、皆彼の三大師の御弟子となりて、「法華は最も第一なり」の経文、最第二・最第三とおとされて候なり。されども、始めは失なきようにて候えども、つゆつもりて大海となり、ちりつもって大山となる。

現代語訳

弘法によって慈覚・智証までが、法華経より真言の経が勝ることは、一定であると証伏されたのであるから、その後の日本の智人が数知れないほど出現したが、今に至るまでの四百年間の間に定められてしまったのである。そのために今、日本国の寺一万寺、三千世の神社、四十九億九万四千八百二十七人の一切衆生が皆、彼の三大師の弟子となって法華経最第一の経文を最第二、最第三と下してしまったのでる。しかし、初めは咎は顕われないようであるが、露もつもれば大山となるのである。

 

語句の解説

四百歳が間

弘法が十住心論で法華経を誹謗し、比叡山座主・慈覚・智証までもが真言を崇めるようになってから、大聖人御在世当時までのきかんをいう。

 

四十九億九万四千八百二十八人

大聖人の御在世当時の日本国の人口。億は現在の10万。したがって4,994,827人となる。(別説もある)。

 

三大師

弘法・慈覚・智証のこと。いずれも真言の悪法を弘めた張本人。

 

法華最第一の経文最第二最第三とをとされて候

弘法が十住心論で立てた邪義。全十巻より成る。天長7年(0830)ごろの作といわれ、大日経・菩提心論を依処として、十住心を立て顕密二教を判じた。とくに第八住心に法華経を立て、第九住心に華厳、第十住心に真言を立てて、法華経は華厳経にも劣るとなし、大日に劣る第三の戯論と立てている。

 

講義

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