四条金吾殿御返事(智人弘法の事)
建治2年(ʼ76)9月6日 55歳 四条金吾
背景解説
本抄は、建治2年(1276年)9月、身延から四条金吾へ送られました。主君である江馬氏(江馬光時)は、家臣である四条金吾が大聖人の教えを信仰していることを快く思わず、金吾に対して様々な迫害を加えました。ある時には、大聖人への信仰を捨てない(信心を翻さない)のであれば、日本海側の遠隔地である越後国(現在の新潟県)へ左遷すると脅したことさえありました。本抄は、このような苦境の中で指導を求めた金吾に対する大聖人の御返事です。
本抄では、仏法を流布させるために不可欠な二つの要素、すなわち「智者」と、その智者を助ける「支援者(檀越)」の関係について明らかにされています。