本尊問答抄(第十四段第一 大聖人こそ上行菩薩の再誕)

本尊問答抄(第十四段第一 大聖人こそ上行菩薩の再誕)

 弘安元年(ʼ78)9月 57歳 浄顕房

———————————–(第十三段第一から続く)——————————————

此の御本尊は世尊説きおかせ給いて後二千二百三十余年が間・一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず、漢土の天台日本の伝教ほぼしろしめしていささかひろめさせ給はず当時こそひろまらせ給うべき時にあたりて候へ経には上行・無辺行等こそ出でてひろめさせ給うべしと見へて候へどもいまだ見へさせ給はず、日蓮は其の人に候はねどもほぼこころえて候へば地涌の菩薩の出でさせ給うまでの口ずさみにあらあら申して況滅度後のほこさきに当り候なり、願わくは此の功徳を以て父母と師匠と一切衆生に回向し奉らんと祈請仕り候、其の旨をしらせまいらせむがために御不審を書きおくりまいらせ候に他事をすてて此の御本尊の御前にして一向に後世をもいのらせ給い候へ、又これより申さんと存じ候、いかにも御房たちはからい申させ給へ。

 

現代語訳

この御本損は、釈尊が法華経の中に説き置かれて後二千二百三十余年の間、一閻浮提の内にいまだ弘めた人はいない。中国の天台大師や日本の伝教大師はほぼ知っていたけれども、少しも弘めることはなかった。末法の今こそ弘まる時にあたっている。法華経には上行菩薩・無辺行菩薩等の地涌の菩薩が出現して弘めると説かれているが、いまだに現われてはおられない。

日蓮はその人ではないが、ほぼ心得たので地涌の菩薩が出現されるまでの間、思い浮かぶままにあらあらの所を説いて、法華経法師品第十の「況滅度後」の大難に遭ったのである。願わくはこの功徳をもって、父母と師匠と一切衆生に回向しようと祈っているのである。以上のことをお知らせしたいと思い、あなたの不審について書き送るのであるから、これからは、他事を捨ててこの御本尊の御前でひたすら後世を祈っていきなさい。また後に改めて申しあげようと思っていますが、他の方々にもあなた達からよろしくお伝えください。

日蓮花押。

講義

本抄の結論にあたるこの段では、大聖人の顕される御本尊が正像末顕の未曾有の本尊であることを示されるとともに、法華経の会座において釈尊より上行菩薩に付嘱された本尊を今大聖人が顕し弘めておられることを示唆されている。

まず「漢土の天台日本の伝教がほぼしろしめしていささかひろめさせ給わず」との仰せは、像法時代の正師たる天台大師・伝教大師の二人が、法華経本門寿量品の文底に秘沈された末法弘通の法体を心の中では知っていたが弘めることはできなかったとの仰せである。

その理由については、諸御抄に明かされているが、諸法実相抄には「天台・妙楽・伝教等は心には知り給へども言に出し給ふまではなし・胸の中にしてくらし給へり、 其れも道理なり、付嘱なきが故に・時のいまだ・いたらざる故に・仏の久遠の弟子にあらざる故に」(1358:07)と述べられている。

そして、その次下に「地涌の菩薩の中の上首唱導・上行・無辺行等の菩薩より外は、末法の始の五百年に出現して法体の妙法蓮華経の五字を弘め給うのみならず、宝塔の中の二仏並座の儀式を作り顕すべき人なし」(1358:09)と仰せられているように、釈尊より久遠の弟子として付嘱を受けた上行菩薩こそ末法において御本尊を顕されるお方なのである。

本抄で「当時こそひろませ給うべき時にあたりて候」と、その時がきていることを示され、「経には上行・無辺行等こそ出でひろめさせ給うべしと見えて候へ」と仰せられているのも、まったく諸法実相抄と同趣旨であろう。

しかしながら、上行等の四菩薩が「いまだ見へさせ給はず」「日蓮は其の人に候はねどもほぼこころえて候へば」と言われているのは、御謙遜の表現である。

現実に、経文に説かれている況滅度後の大難にあって法華経を弘めている行者は大聖人以外にないことは明らかであり、そのことは、大聖人こそ上行菩薩の再誕である厳然たる証拠である。しかも一切衆生の拝すべき御本尊を御図顕されていることは、末法の御本仏であられるということにほかならないのである。

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